愛してる、そばにいて1014
【 第10章 贖う⑤】
司が怪訝に目を瞬かせるのをジッと見つめて、何度となく心の中で問いかけた問いを言葉に乗せる。
「私のどこが好きなの?」
「……なんだよ、突然」
司が戸惑っているのもわかる。
けれど、それをこそつくしは聞きたいと思った。
ずっと聞きたかったのだ。
「突然じゃないよ」
「いつも言ってんだろ?」
「聞いてないよ」
「そうかぁ?」
いつも、『好きだ』、『愛してる』、『そのままのお前でいい』と何度となく、惜しみなく愛情を伝えてはくれていたが、どこどこが好きだからだとか、なにがきっかけで自分を好いてくれるようになったのかなど、そうしたことを聞いた憶えがない。
そもそも結婚をして何年も夫婦でいて、同じ部屋で寝起きをしているとはいえ、二人には絶対的に時間が足りなかった。
毎日顔を合わせているとは言っても、大概、つくしが眠ったあとに司は帰ってきて、朝こそ彼女に起こされ、彼女の作った朝食を食べてゆく司だったが、それも毎日のことではないし、食事の時間ですら仕事人間の司がゆっくりと食事に専念することはない。
…さすがに新聞を読みながら、食べてるってことはないけど。
少しでも時間があれば、その時間を仕事にあてるのが当たり前の司の生活。
つくしもそのことに文句を言うことはなかった。
彼がどれだけの責任と責務を負い、毎日懸命に走り続けているのかよくわかっていたから。
ただ、彼の体が心配だっただけ。
―――時には、やるせない寂しさに襲われることも少なくはなかったけれど。
それでもニューヨークに連れて来られた当初のように孤独に蹲ることもなく、それなりに自身も日々やらなければいけないことに精を出し、屋敷の人間たちともそれなりに上手くやっていた。
それもこれもすべては司のおかげだ。
最初の一年目こそ、屋敷内の誰とも馴染めず孤独に苛まれ、そこから抜け出すことさえできなかったつくしだったが、司の乳母的な存在だという女性の口利きで、よそにある道明寺邸を統括する役割を持っていたメイドのメアリがやってきた時から事情は好転した。
彼女も道明寺家の使用人である以上、楓やその夫である総帥の意に逆らうことはできなかっただろうが、どうやらつくしに冷たかった家政婦長の場合は、たぶんにその主人の意向を慮ったものではあっても、特に舅姑の指示で冷遇していたわけではなかったらしい。
メアリ自身の人柄もあっただろう。
彼女につくしが馴染むにつれ、司もメアリを重用し、少しづつ家政婦長の意向ではなく、司やつくし自身の意を重んじる使用人たちを増員していた。
やりにくいこともあっただろうとは思う。
だが、道明寺家はもともと質実剛健、能力第一主義的なところがあったから、彼らが道明寺家の妨げにならなければ、楓も私情を持ち出すことなく、特に冷遇するといったこともなかったのだ。
「えっと……今の私の良いところとかは思いつかないんだったら、前の私のことでもいいんだけど」
妥協というわけではなかったが、どうしても聞きたかった。
いつもは気後れすることが多くて、聞きたいことも飲み込んでしまうことが多いつくしだったが、やはり肌と肌を触れ合い、体の奥底で交じり合うような濃厚な体験の後だからだろうか、……以前よりも、ぐっと司が近づいた気がする。
いや、むしろ彼が、というよりも、彼女自身の心が、なのかもしれない。
夫婦として当たり前の交流なのだから、いまさらと言えば今更なのだが、それでも、昨日までの自分―――夫である彼との肉体交渉の有無に悩んで、どこか遠慮していた自分とは違った。
「全部」
「……へ?」
「だから、全部だよ、全部。顔も体も声も性格も、全部好き。まるごとのお前に惚れてる」
思わずポカ~ンと、司の顔に見入ってしまっていたつくしだったが、徐々に彼の言葉が頭に浸透するにつれて、自分が質問したことなのに絶句してしまう。
…だって、全部が好きだなんて、そんな。
「き、嫌いなとこ、って?」
「ねぇよ」
「……………」
司ばりに超絶美形で、スタイルもよくて、なにがしかの才能もある、どこかの大富豪の令嬢やお姫様だとでも言うのならともかく、あまりに予想外なセリフに何を言っていいのかわからない。
…本気で言ってたりするわけじゃないよね?
しかし、司の表情はウソや冗談を言っているようにはとても見えない。
「なんだよ?」
「ホントのことだからしょうがねぇだろ?」
薄らとわずかに頬を赤く染めた司が、見つめ合っていたつくしからツッとわずかに視線を反らす。
司は普段からイタリア人張りに臆面もなく「愛してる」を言える男だが、それでも多少なりとも気恥しかったらしい。
「えっと、それって昔の―――記憶をなくしちゃう前の私のこと?」
それだけ、以前の彼女は今の彼女とは違ったのだろうか?
とてもそうも思えなかったが、案の定、
「は?今のお前も、昔のお前もねぇだろ」
「でも、私なんてどこにでもいる……普通の女なのに」
謙遜しているつもりもないし、卑下しているわけでもない。
それでもそれが世間の客観的な評価だと自分が一番よくわかっている。
誰に何を言われるまでもなく……。
だが、視線を戻した司の顔はどこまでも真剣で、……甘く切なく彼女の目を見つめて掻き口説く。
「お前はどこにでもいる普通の女なんかじゃねぇよ。この世でただ一人、どこにもいねぇ最高の女なんだ。俺はお前の全部が好きだ。愛してる。この先どんなことがあって、なにがあったとしても、その気持ちは、たとえお前にだって変えることはできねぇ。……俺にさえできねぇんだからな」
*****
「ん~」
ふっと意識が浮上して、身体を拘束していた温かさが離れてしまったのに寂しさを覚えて、つくしは思い瞼をそっと開けた。
…あれ?まだ、朝じゃないのかな?
あれから―――、司ととりとめもない雑談を交わして、しばらくしてまた、司に乞われて、何度となく抱き合ってしまった。
3年ぶりの行為であったこともあるが、さすがに司の体力に付き合いきれるものではなく、いつの間にか意識を失ってしまっていたらしい。
…つ、司って、相変わらずっていうか。
以前も悩ましく思っていたことだが、かなり夜の生活が激しいタチのようだ。
それを空恐ろしいとも、逆に、そんな男が3年もの長き間彼女の心を慮って耐えてくれていた思いやりを思う。
流産による心の傷はけっして消えるものではなかったが、だが、それでも彼を愛しいと素直に思えた―――癒やされた。
スースーという規則正しい寝息を立てる司を振り返って、彼の美しい寝顔をじっくりと眺める。
こうしてシミジミと彼の寝顔を眺めるのも、もしかしたら初めてのことかもしれない。
…ホント、綺麗だよね。
わずかに迷って、けれど、ぐっすり寝ているような司の様子にソロソロと手を伸ばして、そっと彼の目元にかかった前髪をかき上げよけてやる。
いつもは強く巻いて短くなってしまっている髪も、まだどこかしっとりとして、ウェーブを描く程度に落ち着いていた。
もしかしたら、まだ寝入ってしまってからそんなに時間が経っていないのかもしれない。
…私の、旦那様。
熱く激しく彼女を愛して、全力で彼女を守ってくれる人。
「……ん」
再び小さなうめき声を洩らした司が、顔を顰めて何かを捜しているように手を彷徨わせ、彼女へと腕を伸ばした。
「あ……」
抗う間もなく、引き寄せられて抱き込まれてしまう。
正直、いくら肌寒いこの時期とは言え、こうまで密着して抱き込まれては暑いし、寝苦しいのだが。
それでも、トクントクンという規則正しい司の心臓の音を聞いていると安心する。
心地よくて瞼が重くなってくる。
誰も見ていやしないのに、わずかに視線を右左にと落ち着きなく動かして、つかの間の逡巡の後―――、チュッと司の胸元にキスを贈る。
…いっひぃ~、な、なんか私変態みたい?
いつか、たぶん、本当に近い日のいつか。
自分も彼のように、彼を「好きだ。愛してる」と曇りのない気持ちで言ってあげたい。 ―――言いたい。
本当にそう思う。
それがつくしの寝入る前の最後の思考だった。
「私のどこが好きなの?」
「……なんだよ、突然」
司が戸惑っているのもわかる。
けれど、それをこそつくしは聞きたいと思った。
ずっと聞きたかったのだ。
「突然じゃないよ」
「いつも言ってんだろ?」
「聞いてないよ」
「そうかぁ?」
いつも、『好きだ』、『愛してる』、『そのままのお前でいい』と何度となく、惜しみなく愛情を伝えてはくれていたが、どこどこが好きだからだとか、なにがきっかけで自分を好いてくれるようになったのかなど、そうしたことを聞いた憶えがない。
そもそも結婚をして何年も夫婦でいて、同じ部屋で寝起きをしているとはいえ、二人には絶対的に時間が足りなかった。
毎日顔を合わせているとは言っても、大概、つくしが眠ったあとに司は帰ってきて、朝こそ彼女に起こされ、彼女の作った朝食を食べてゆく司だったが、それも毎日のことではないし、食事の時間ですら仕事人間の司がゆっくりと食事に専念することはない。
…さすがに新聞を読みながら、食べてるってことはないけど。
少しでも時間があれば、その時間を仕事にあてるのが当たり前の司の生活。
つくしもそのことに文句を言うことはなかった。
彼がどれだけの責任と責務を負い、毎日懸命に走り続けているのかよくわかっていたから。
ただ、彼の体が心配だっただけ。
―――時には、やるせない寂しさに襲われることも少なくはなかったけれど。
それでもニューヨークに連れて来られた当初のように孤独に蹲ることもなく、それなりに自身も日々やらなければいけないことに精を出し、屋敷の人間たちともそれなりに上手くやっていた。
それもこれもすべては司のおかげだ。
最初の一年目こそ、屋敷内の誰とも馴染めず孤独に苛まれ、そこから抜け出すことさえできなかったつくしだったが、司の乳母的な存在だという女性の口利きで、よそにある道明寺邸を統括する役割を持っていたメイドのメアリがやってきた時から事情は好転した。
彼女も道明寺家の使用人である以上、楓やその夫である総帥の意に逆らうことはできなかっただろうが、どうやらつくしに冷たかった家政婦長の場合は、たぶんにその主人の意向を慮ったものではあっても、特に舅姑の指示で冷遇していたわけではなかったらしい。
メアリ自身の人柄もあっただろう。
彼女につくしが馴染むにつれ、司もメアリを重用し、少しづつ家政婦長の意向ではなく、司やつくし自身の意を重んじる使用人たちを増員していた。
やりにくいこともあっただろうとは思う。
だが、道明寺家はもともと質実剛健、能力第一主義的なところがあったから、彼らが道明寺家の妨げにならなければ、楓も私情を持ち出すことなく、特に冷遇するといったこともなかったのだ。
「えっと……今の私の良いところとかは思いつかないんだったら、前の私のことでもいいんだけど」
妥協というわけではなかったが、どうしても聞きたかった。
いつもは気後れすることが多くて、聞きたいことも飲み込んでしまうことが多いつくしだったが、やはり肌と肌を触れ合い、体の奥底で交じり合うような濃厚な体験の後だからだろうか、……以前よりも、ぐっと司が近づいた気がする。
いや、むしろ彼が、というよりも、彼女自身の心が、なのかもしれない。
夫婦として当たり前の交流なのだから、いまさらと言えば今更なのだが、それでも、昨日までの自分―――夫である彼との肉体交渉の有無に悩んで、どこか遠慮していた自分とは違った。
「全部」
「……へ?」
「だから、全部だよ、全部。顔も体も声も性格も、全部好き。まるごとのお前に惚れてる」
思わずポカ~ンと、司の顔に見入ってしまっていたつくしだったが、徐々に彼の言葉が頭に浸透するにつれて、自分が質問したことなのに絶句してしまう。
…だって、全部が好きだなんて、そんな。
「き、嫌いなとこ、って?」
「ねぇよ」
「……………」
司ばりに超絶美形で、スタイルもよくて、なにがしかの才能もある、どこかの大富豪の令嬢やお姫様だとでも言うのならともかく、あまりに予想外なセリフに何を言っていいのかわからない。
…本気で言ってたりするわけじゃないよね?
しかし、司の表情はウソや冗談を言っているようにはとても見えない。
「なんだよ?」
「ホントのことだからしょうがねぇだろ?」
薄らとわずかに頬を赤く染めた司が、見つめ合っていたつくしからツッとわずかに視線を反らす。
司は普段からイタリア人張りに臆面もなく「愛してる」を言える男だが、それでも多少なりとも気恥しかったらしい。
「えっと、それって昔の―――記憶をなくしちゃう前の私のこと?」
それだけ、以前の彼女は今の彼女とは違ったのだろうか?
とてもそうも思えなかったが、案の定、
「は?今のお前も、昔のお前もねぇだろ」
「でも、私なんてどこにでもいる……普通の女なのに」
謙遜しているつもりもないし、卑下しているわけでもない。
それでもそれが世間の客観的な評価だと自分が一番よくわかっている。
誰に何を言われるまでもなく……。
だが、視線を戻した司の顔はどこまでも真剣で、……甘く切なく彼女の目を見つめて掻き口説く。
「お前はどこにでもいる普通の女なんかじゃねぇよ。この世でただ一人、どこにもいねぇ最高の女なんだ。俺はお前の全部が好きだ。愛してる。この先どんなことがあって、なにがあったとしても、その気持ちは、たとえお前にだって変えることはできねぇ。……俺にさえできねぇんだからな」
*****
「ん~」
ふっと意識が浮上して、身体を拘束していた温かさが離れてしまったのに寂しさを覚えて、つくしは思い瞼をそっと開けた。
…あれ?まだ、朝じゃないのかな?
あれから―――、司ととりとめもない雑談を交わして、しばらくしてまた、司に乞われて、何度となく抱き合ってしまった。
3年ぶりの行為であったこともあるが、さすがに司の体力に付き合いきれるものではなく、いつの間にか意識を失ってしまっていたらしい。
…つ、司って、相変わらずっていうか。
以前も悩ましく思っていたことだが、かなり夜の生活が激しいタチのようだ。
それを空恐ろしいとも、逆に、そんな男が3年もの長き間彼女の心を慮って耐えてくれていた思いやりを思う。
流産による心の傷はけっして消えるものではなかったが、だが、それでも彼を愛しいと素直に思えた―――癒やされた。
スースーという規則正しい寝息を立てる司を振り返って、彼の美しい寝顔をじっくりと眺める。
こうしてシミジミと彼の寝顔を眺めるのも、もしかしたら初めてのことかもしれない。
…ホント、綺麗だよね。
わずかに迷って、けれど、ぐっすり寝ているような司の様子にソロソロと手を伸ばして、そっと彼の目元にかかった前髪をかき上げよけてやる。
いつもは強く巻いて短くなってしまっている髪も、まだどこかしっとりとして、ウェーブを描く程度に落ち着いていた。
もしかしたら、まだ寝入ってしまってからそんなに時間が経っていないのかもしれない。
…私の、旦那様。
熱く激しく彼女を愛して、全力で彼女を守ってくれる人。
「……ん」
再び小さなうめき声を洩らした司が、顔を顰めて何かを捜しているように手を彷徨わせ、彼女へと腕を伸ばした。
「あ……」
抗う間もなく、引き寄せられて抱き込まれてしまう。
正直、いくら肌寒いこの時期とは言え、こうまで密着して抱き込まれては暑いし、寝苦しいのだが。
それでも、トクントクンという規則正しい司の心臓の音を聞いていると安心する。
心地よくて瞼が重くなってくる。
誰も見ていやしないのに、わずかに視線を右左にと落ち着きなく動かして、つかの間の逡巡の後―――、チュッと司の胸元にキスを贈る。
…いっひぃ~、な、なんか私変態みたい?
いつか、たぶん、本当に近い日のいつか。
自分も彼のように、彼を「好きだ。愛してる」と曇りのない気持ちで言ってあげたい。 ―――言いたい。
本当にそう思う。
それがつくしの寝入る前の最後の思考だった。
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