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「昏い夜を抜けて…全483話完」
第五章 迷走①

昏い夜を抜けて184

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 あれほど憧れた静からまるで気の置けない友人であるかのように待遇されたというのに、動揺で頭の中がぐしゃぐしゃになっていたつくしは、ほとんど彼女が何の話をしていたのか憶えていなかった。 
 それどころか…。
 「牧野さんっ」
 「あっ」
 上滑りな意識が、注意力の散漫を招き、気が付けばテーブルの端にあったコップに肘を引っかけ、見事に水をテーブルと膝の上にまき散らしてしまっていた。
 「やだっ、あたしったら」
 焦ってバッグの中からハンカチを取り出し、周囲の収拾を図るも、当然それだけでは間に合うはずもなく、また自分のことがおざなりにもなってしまった。
 つくしに対してあくまでも冷静な静は、優雅な仕草で店員を呼び、
 「すいません、フキンをお借りできますか?」
 「はい、ただいま。いま、お拭きいたしますので、どうぞ、そのままで」
 丁寧な対応をする店員にその場を任せて、恐縮するつくしの傍へと歩み寄り、膝間づいて優しく懐から取り出したハンカチで濡れたスカートを拭ってくれる。
 「あ、すいませんっ」
 「大丈夫?お水で良かったわね。ワインや熱いお茶とかだったら大変。でも、まだ寒いから濡れたままだと風邪をひいちゃうかしら」
 「…静さん」
 穏やかで優しい仕草。
 いい年をして粗相をしたつくしを責めるでもなく、軽蔑することもしない。
 高校生の時の思いやりそのままに、まるで姉のように世話を焼いてくれる静を、懐かしくも慕わしくも思い、胸の奥がじんわりと温かくなった。
 花沢類が愛した人…、
 そしておそらく今も愛し続けている人。
 一度は別れ、遠く隔たったとしても、やがては彼女の元へと類が引き寄せられるのも必然のことなのかもしれないと思う。
 「…?」
 つくしの濡れた衣類を拭きあげながら、彼女の視線に気が付いて、静が不思議そうに小首を傾げる。 
 「あ、本当に大丈夫です。ありがとうございました。後は自分でやるんで」
 「そう?じゃあ、まだそんなに濡れていないから、これを使って?」
 渡されたオシャレではあるものの実用的なハンドタオルの意外さに、むしろ静らしいと笑みが零れる。
 静は何もできない箱入りのお嬢様などではない。
 しなやかで、強くて優しくて、今も昔も、つくしの憧れそのままの女性だった。





 「…本当に送らなくて大丈夫?」
 「あ、はい。この時間ならまだ早いし、全然大丈夫です」
 心配そうな静を先にタクシーに乗せ、ゆっくりと車体から離れる。
 「フランスに帰るまえに、ぜひ、もう一度会ってね」
 「はい。ぜひ!いろいろ、もっと、フランスでの静さんのこともお聞きしたいです」
 「ええ。牧野さんのことも聞かせてね」
 手を振り、走り出したタクシーの後姿が消えるまで見送る。
 楽しい時間だったのに、静に再会できたことに嬉しい興奮を覚えたのに、別れてみれば、いつの間にかやはり気を張っていたのか、ドッと背中に疲労が伸し掛かった。
 『…類が私の泊まっているホテルに訪ねてくる』
 静の言葉が何度となく、気を抜けば脳裏に蘇って、つくしの胸をざわつかせた。
 静が帰国しているのなら、類の手の届くところに戻ってきているのなら、二人が会っていたもなんらおかしなことではないというのに、ここのところ類がマンションに戻ってこないその理由を無意識のうちに探って胸苦しさを覚える。
 バカじゃない。
 自分で自分を罵り、自嘲する。
 類がどうであろうと、静との関係がどうであろうと、何一つそれをつくしが気にする必要もなければそうする権利さえも最初からない。
 だというのに、笑うことができなかった。
 戸惑う静の顔を見返しながら、曖昧な表情の自分を彼女はどう思っただろうか。
 それを考えるとひどく落ち着かないのに、同時にその当の静に縋り付いてしまいたい衝動につくしは苦慮した。
 今頃、静はホテルについただろうか。
 そして、そこには類が待っていて、二人でどのような夜をこれから過ごそうとしているというのか。
 「…やだ、あたしったら、何考えてるんだろ」
 自分で自分に呆れて、自分も帰路につくべく気を取り直そうとして、手に持ったままだったハンドタオルに気が付く。
 「あ、これ」
 先ほど水を零した時に借り受けた静の私物だった。
 自分の中の動揺を収めることに夢中で、つい受け取ったまま、返すことを忘れてしまっていたのだ。
 「どうしよう」
 フランスへ帰る前にもう一度会いたいとは言われ、携帯番号も渡してはいた。
 だが、互いにもう学生の身ではなく、静の話では彼女もバカンスで日本に帰国してきたわけではなさそうだ。
 そうとなれば、互いの意思がどうであろうと、もう会うことはないのかもしれない。
 たかがハンドタオルとはいえ、借り受けたものを返さずにいることは、つくしの性分からも常識的にもありえなかった。
 類に…。
 本気ではなかったが、それが一番楽ではあるのだろう。
 けれど、マンションにここのところ帰らず、そうなれば会社でも全くと言っていいほど類との接点がないつくしには、彼と会う機会など静よりもさらにありそうもなかった。
 …もちろん、類に繋がる直通番号を与えられてもいたし、連絡を取ることを許されてもいたが、さりとて届け物くらいのことで彼を呼び出すことに抵抗を感じる。
 出来うる限りつくしは自分から彼に逢いたいと望むことは避けたかった。
 類の顔を見ること、彼の声を聞くこと、その他もろもろ彼に対して彼に何かを望むことは、タブーなのだ。
 つくしにとっては類はあくまでも卑劣な脅迫者であり、汚らわしい契約を交わす相手でしかありえない。
 そうでなくてはならないのだから、なにかを望んでその境界を崩してしまうことが怖かった。
 「…どうしよう」
 手の中のハンドタオルを前に、再び悩む。
 人伝手に頼むこともできず、下手をすればもう二度と会えなくなるかもしれない相手に、物を返すとなれば、一つしか方法はない。
 通りかかった空車の文字を掲げるタクシーへと手を上げる。
 すかさず目の前に停車したタクシーのドアへと近づき、乗り込み行先を告げた。
 「すいません、メイプルホテルへお願いします」
 類に出くわす前に返せばいい。
 たとえ、類と会ってしまったとしても、今の自分は静の知人として借りたものを返しにゆくだけなのだし、その場いる彼の立場がどうであろうと関係なかった。
 だが、できることなら、静の傍にたつ類を見たくはなかった。
 その現実を、彼の心を見せつけられることは苦痛だと、自分に認めてやることこそなお一層苦痛で…車窓に映るつくしの顔は、どこか嫉妬に狂う鬼女のごとく歪んでいるように彼女には思えた。





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