「昏い夜を抜けて…全483話完」
第五章 迷走①
昏い夜を抜けて169
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キョロキョロと周囲を見回してしまうのは、やはりなんとはなしに疚しいからだ。
つくしが探しているのは、いわゆる妊娠検査薬というやつで、見慣れぬそれを探すのは中々に骨が折れた。
かといって、常駐する薬剤師に頼るのも気が引ける。
やっとなんとか探し当てたと思ったら、今度は躊躇が先立って手を伸ばしかねていた。
何食わぬ顔で買ってしまえばそれでいいのに、探し物をしているフリをしては、通り過ぎる。
一つには、類のSPに報告されてしまう危惧が胸中から拭えず、やはり桜子に頼んで買うのが一番安全で楽な方法だと思い直した。
…こんな遠くのドラッグストアまでわざわざ来たのにな。
はあ、っと溜息が出る。
桜子に頼めばもちろんすぐにでも用意してくれるのだろうが、そうなれば迷うことさえ許されずにすぐにでも確認しろと迫られそうだ。
類との性的交渉を行うようになってから胃の調子が悪くなったこと。
生理が遅れていること。
何より、避妊が完全なものではないことがつくしの疑惑を後押ししていたが、それでもまだ何かの勘違いなのではないかという儚い望みも持っている。
もちろん、まだまだ外見的に変化の出る時期ではなかったけれど、普段の自分とまったく変わらないこの身の内に、類の子が宿っているなどとはとても信じられなかった。
結局何も買うことができず、溜息をつきつつドラッグストアを出る。
多少、疲労を感じて喉も乾いたことだしと、近くの喫茶店を探して歩きだした。
と…。
「つくしお姉さま!」
可愛らしい声に、振り向く。
すると、
「やっぱり、つくしお姉さまですねっ!」
瓜二つの美貌の少女たちが、手に手をとって、つくしを発見できたことにきゃあきゃあと喜んでいる。
「え?あ、絵夢ちゃん、芽夢ちゃん」
ふと真横のカフェの窓際席へと目を凝らすと、双子に瓜二つの美しい女性がにこやかに手を振っていた。
「…美作さんのお母さん」
あきらと双子の母親だった。
類を呼び出した父親の用件は、今後の彼の結婚についてだった。
当初、現在の暫定婚約者の婚家の威勢を利用しようと結ばれた縁だったが、実際に話が進んでみれば高坂家の内情もだいぶ知れ、思ったほどの利益が転がり込まないということがわかってきたのだ。
どの家との縁談も、結局は一長一短。
利益もあるが、当然永続的なものなどどこにもない。
あえていえば、家と家との繋がりで縁故が力になることもあったが、逆もありえる。
道明寺などはその縁故の力を吸収して力を伸ばすことを推奨していたが、意外にも類の父親はシビアな経営感覚でそういった旧世代的な力にはそれほどの重きを置いていない。
実力主義のアメリカに本拠地を置く道明寺の方がむしろ保守的なのは意外なことで、おそらく一度結婚したら離婚が難しいカトリックの多いフランスに拠点を花沢物産が構えているということも一つにはあるのだろう。
結婚して、思うような成果が上がらず逆に零落する一因となったとしても、おいそれと離婚に踏み切れないのだ。
最終的には、類の判断に任される。
家格の問題としては高坂家でも悪くはない。
だが、美也子の資質はどういったものであるか。
今もって、前の婚約者を押す類の母親の心象も芳しくなかった。
『…お前に任せる』
それが父親の判断で。
このまま高坂美也子と結婚するのも、…それなりの理由がいるだろうが破談にするのも類次第。
ただその場合、美也子に決定的な非がない限り、彼女と彼女のバックである実家の納得いくような条件を用意し、メンツを保つ必要があるだろう。
…別にかまわない、と思う。
あきらや総二郎に言った通り、いずれ誰かと結婚しなければならないのならば、それが美也子でなぜ悪いと言うのだろう。
いくら最終判断は類に任されているとはいえ、確固たる実家を持たぬつくしを唐突に妻の座に据えるなどおいそれとできるはずもない。
さすがに父も母も反対する。
当然、会社の重役たちも。
そしてその反発を押してまでつくしを引き出したとて、誰がそれを望み喜ぶというのか。
つくしは…まず間違いなく、類の側ではなく父たち側に立つことが容易に予測できて、孤立無援になるだろう自分を思い、なんだか楽しくなってきた。
花嫁が花婿の敵対者になるなんて、とんだ茶番には違いない。
そうとなれば、特に今の流れに抗う理由も思い当たらず、ただ…結婚するとなればつくしがもう唯々諾々と自分に従わないだろうことは歴然の事実で。
類の結婚…それは同時につくしとの決別も意味するのだ。
「明日、午後からの時間空けて」
専務室から見下ろす地上は、どこか非現実的だ。
蟻塚の都市。
そして、その中の頂点に近いところで生きる自分は…。
結局、都市の維持と繁栄のために生かされる象徴でしかないのかもしれない。
「12時から東西商事の常務との会食が入っておりますが…」
戸惑う秘書の顔をチラリと一別しただけで、その意思は曲げることはないと横顔で拒絶する。
「後日また日を改める。…明日、俺は急な腹痛で会社を早退するから。他の仕事も調整しておいてよ」
まるでズル休みをする小学生のように、意図も容易く言い捨てるが、類のスケジュールを管理する秘書にしてみればとんでもない話だ。
だが、類は怠惰ではあっても、普段必要最低限の義務はこなす男である。
その男が無理を承知でゴリ押しするというのは滅多にないことだ。
そうであれば、この先の苦労を考えても、類の決定を覆すことなど一介の秘書である彼にできようはずもなかった。
「つくしちゃんに会えて嬉しいわ~」
相変わらず年齢不詳のあきらの母は、ほんわか笑顔でつくしへと微笑んだ。
あえて誰とも約束していなかった休日の午後。
つくしの現在の住まいである類のマンションとも、勤めている花沢物産とも遠いこんな場所で知り合いに出くわすとは思わなかった。
ドラッグストアを出たところを目撃されてはいないかと、若干焦る気持ちもなくはないが、類のSPには見られているだろうから、今更だ。
もっとも、あえて薬局じゃなく大型のドラッグストアにしたのは化粧品を買っていたと名目を立てるためでもあり、ちょうど切れていた化粧水や乳液も入手していたので、深く詮索されることもないだろう。
「小母様と絵夢ちゃん、芽夢ちゃんもお買い物ですか?」
「そうなの~。来週パパが香港まで仕事で来るから、そこで合流しようってことになっていて、旅行用のバッグとかお洋服とかね」
ニコニコと笑うあきらの母の顔は、まるで若い娘のように輝いている。
そこには確かにあきらの父への愛情があって、つくしの心も温かく照らした。
「最近、つくしちゃん、全然うちに遊びに来てくれないじゃない」
「そうですよ!お姉さま、絵夢寂しい!」
「芽夢も。美味しいお菓子の作り方、また教えてくださるって約束したじゃないですか!」
なじる少女たちの憤慨も可愛らしく、嬉しい。
「すいません、実は仕事変わったりとか、ちょっといろいろ家庭内で事情があったりしていて、ご無沙汰してしまって…」
そうでなくてもさすがにもうあきらの家に遊びにいくことなどできそうもなかったけれど、何くれとなく気を使ってくれて優しくしてくれたあきらの家族をすげない態度で切り捨てることなどできない。
「そうなのぉ。それは、仕方がないわねぇ。でも、また少しお仕事が落ち着いたら、また遊びに来てくれるんでしょ?」
期待に満ちたキラキラの3対の目のおねだり光線を無視するのは辛い。
つくしとしても、美作家での優しい時間は得難いものだと大切に思っているのだが…。
「…おいおい、あんまり無理言って牧野を困らせるなよ」
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…こんな遠くのドラッグストアまでわざわざ来たのにな。
はあ、っと溜息が出る。
桜子に頼めばもちろんすぐにでも用意してくれるのだろうが、そうなれば迷うことさえ許されずにすぐにでも確認しろと迫られそうだ。
類との性的交渉を行うようになってから胃の調子が悪くなったこと。
生理が遅れていること。
何より、避妊が完全なものではないことがつくしの疑惑を後押ししていたが、それでもまだ何かの勘違いなのではないかという儚い望みも持っている。
もちろん、まだまだ外見的に変化の出る時期ではなかったけれど、普段の自分とまったく変わらないこの身の内に、類の子が宿っているなどとはとても信じられなかった。
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と…。
「つくしお姉さま!」
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「やっぱり、つくしお姉さまですねっ!」
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「え?あ、絵夢ちゃん、芽夢ちゃん」
ふと真横のカフェの窓際席へと目を凝らすと、双子に瓜二つの美しい女性がにこやかに手を振っていた。
「…美作さんのお母さん」
あきらと双子の母親だった。
類を呼び出した父親の用件は、今後の彼の結婚についてだった。
当初、現在の暫定婚約者の婚家の威勢を利用しようと結ばれた縁だったが、実際に話が進んでみれば高坂家の内情もだいぶ知れ、思ったほどの利益が転がり込まないということがわかってきたのだ。
どの家との縁談も、結局は一長一短。
利益もあるが、当然永続的なものなどどこにもない。
あえていえば、家と家との繋がりで縁故が力になることもあったが、逆もありえる。
道明寺などはその縁故の力を吸収して力を伸ばすことを推奨していたが、意外にも類の父親はシビアな経営感覚でそういった旧世代的な力にはそれほどの重きを置いていない。
実力主義のアメリカに本拠地を置く道明寺の方がむしろ保守的なのは意外なことで、おそらく一度結婚したら離婚が難しいカトリックの多いフランスに拠点を花沢物産が構えているということも一つにはあるのだろう。
結婚して、思うような成果が上がらず逆に零落する一因となったとしても、おいそれと離婚に踏み切れないのだ。
最終的には、類の判断に任される。
家格の問題としては高坂家でも悪くはない。
だが、美也子の資質はどういったものであるか。
今もって、前の婚約者を押す類の母親の心象も芳しくなかった。
『…お前に任せる』
それが父親の判断で。
このまま高坂美也子と結婚するのも、…それなりの理由がいるだろうが破談にするのも類次第。
ただその場合、美也子に決定的な非がない限り、彼女と彼女のバックである実家の納得いくような条件を用意し、メンツを保つ必要があるだろう。
…別にかまわない、と思う。
あきらや総二郎に言った通り、いずれ誰かと結婚しなければならないのならば、それが美也子でなぜ悪いと言うのだろう。
いくら最終判断は類に任されているとはいえ、確固たる実家を持たぬつくしを唐突に妻の座に据えるなどおいそれとできるはずもない。
さすがに父も母も反対する。
当然、会社の重役たちも。
そしてその反発を押してまでつくしを引き出したとて、誰がそれを望み喜ぶというのか。
つくしは…まず間違いなく、類の側ではなく父たち側に立つことが容易に予測できて、孤立無援になるだろう自分を思い、なんだか楽しくなってきた。
花嫁が花婿の敵対者になるなんて、とんだ茶番には違いない。
そうとなれば、特に今の流れに抗う理由も思い当たらず、ただ…結婚するとなればつくしがもう唯々諾々と自分に従わないだろうことは歴然の事実で。
類の結婚…それは同時につくしとの決別も意味するのだ。
「明日、午後からの時間空けて」
専務室から見下ろす地上は、どこか非現実的だ。
蟻塚の都市。
そして、その中の頂点に近いところで生きる自分は…。
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「12時から東西商事の常務との会食が入っておりますが…」
戸惑う秘書の顔をチラリと一別しただけで、その意思は曲げることはないと横顔で拒絶する。
「後日また日を改める。…明日、俺は急な腹痛で会社を早退するから。他の仕事も調整しておいてよ」
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だが、類は怠惰ではあっても、普段必要最低限の義務はこなす男である。
その男が無理を承知でゴリ押しするというのは滅多にないことだ。
そうであれば、この先の苦労を考えても、類の決定を覆すことなど一介の秘書である彼にできようはずもなかった。
「つくしちゃんに会えて嬉しいわ~」
相変わらず年齢不詳のあきらの母は、ほんわか笑顔でつくしへと微笑んだ。
あえて誰とも約束していなかった休日の午後。
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ドラッグストアを出たところを目撃されてはいないかと、若干焦る気持ちもなくはないが、類のSPには見られているだろうから、今更だ。
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「小母様と絵夢ちゃん、芽夢ちゃんもお買い物ですか?」
「そうなの~。来週パパが香港まで仕事で来るから、そこで合流しようってことになっていて、旅行用のバッグとかお洋服とかね」
ニコニコと笑うあきらの母の顔は、まるで若い娘のように輝いている。
そこには確かにあきらの父への愛情があって、つくしの心も温かく照らした。
「最近、つくしちゃん、全然うちに遊びに来てくれないじゃない」
「そうですよ!お姉さま、絵夢寂しい!」
「芽夢も。美味しいお菓子の作り方、また教えてくださるって約束したじゃないですか!」
なじる少女たちの憤慨も可愛らしく、嬉しい。
「すいません、実は仕事変わったりとか、ちょっといろいろ家庭内で事情があったりしていて、ご無沙汰してしまって…」
そうでなくてもさすがにもうあきらの家に遊びにいくことなどできそうもなかったけれど、何くれとなく気を使ってくれて優しくしてくれたあきらの家族をすげない態度で切り捨てることなどできない。
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