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「昏い夜を抜けて…全483話完」
第二章 誘惑①

昏い夜を抜けて036

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 「え、あっと…その、はい」
 とっさに、周囲を見回し人目を気にするものの、自分たちの仕事に追われ、誰もつくしを気にするものはいない。
 電話の向こうの類の声は、普段のどこか眠そうなところなど一かけらもなく、かといって冷たさもなく、どっか甘く柔らかい。
 「…大丈夫です。この間は、ありがとうございました」
 それでも、やや声を潜めずにいられないのは仕方がない。
 『もうすぐ昼だけど、牧野、昼、時間ある?』
 こうして上司を通してでなく、雲の上の人間であるはずの類が直接電話をかけてくるということは、仕事ではなくおそらくプライベート。
 普通に考えて昼食の誘いだろうか。 
 少しだけ躊躇しながら、
 「…えっと、他の課員と検討しなければならない試作品の試食会がありまして」
 嘘ではない。
 ただし、昼食になるようなものではなく、試食をかねて15時の会議で出されることになっているのだが…言わなければわかるまい。
 上司とはいえ、つくしからしてみればまさに雲の上の上層にいる人間。
 下々のことまで関知しているはずもないのだから。
 『…ふ~ん。それは残念。それなら、アフター5にでも…って誘いたいところだけど』
 ふうっと溜息が聞こえる。
 類がちょっとため息をつくだけで、いかにも悩まし気で気の毒になってくる。
 …それがたとえ、単純にうまく女が釣り上がらなかった、というだけのことでも。
 「いえ、私もおそらく定時に上がれるかわかりませんし…」
 『…ん、じゃあ』
 「明日のこともありますから、終業後はなるべく早く!家に帰りたいので寄り道したくありません」
 曖昧では、のらりくらりとかわされていまい、挙句、類の思惑通りに運んでしまうことは、つくしにもわかっている。
 なので、どちらにしても、付き合えない、ということはハッキリと言い切った。
 『牧野、少し手ごわくなったね』
 少し拗ねたような声音。
 「いえ、そうでもありませんよ」
 謙遜しつつ、それでも類を多少なりとも牽制できたことに、つくしはスッと胸がすいた気がした。



 気が付けばそろそろ時刻は夕刻。
 試作品試食会議も終え、そろそろ定時に向けて残りの仕事を片付けようかという時間帯。
 ちょっと一休みするかと、つくしが席を立った途端、課長席の高階から声をかけられた。
 「…牧野さん、ちょっと」
 「はい?」
 いつもは物柔らかな高階の声がどこか厳しい。
 「ロイヤルに卸すことになっていた新商品、確か君が担当してたよね?」
 大きくはないのに、不思議に通る声。
 課内に残っていた社員たちが、ざわめきをやめ、つくしたちへと注目しているのが感じられる。
 「あれ、今日の16時までに納品することになっていたらしいけど、まだ届いていないらしんだ」
 「えっ!」
 ロイヤル…大手ビジネスホテルチェーンだ。 
 つくしが花沢物産に出向して初めて請け負う大きな物件で、確か納品は明日朝一。
 工場搬出は明日未明のはずで、その手配も終わっている。
 つくしの怪訝な顔に、高階も何かを感じ取ったのか、事情を説明した。
 「納期変更ですか!?」
 「…ああ。収穫祭フェスタと銘打った企画に先駆けて、ホテルの朝食バイキングで出すことになっていた商品だけど、前日から各部屋へのウェルカム・サービスとして配膳することになっていたらしい。うちの営業から今さっき電話があって、まだ届いてないと」
 事務所にかかっている時計を見ると、時刻は16時10分を指している。
 「…そんな、あの商品は明日朝一に」
 あまりのことに、混乱してつくしの唇が震える。
 「高階課長」
 注目していた人間の一人・真柴が、事の成り行きに席を立ちあがる。
 「それ、あたしが昨日、牧野さんの帰宅後に電話で連絡受けました」
 みんなの視線が真柴へと。
 「…でも、すでに終業時間を過ぎてましたし、手配は今日の朝でも間に合うと思って、いつもどおり牧野さんのパソコンにメモを張り付けて帰ったんです」
 ちょうどその隣にいた同じく課員の戸上も同意する。
 「私も、確かに真柴さんがメモを貼っていたのを見ました。…ちょうど電車が同じなので、いつもだいたい一緒に帰るので」
 朝一どころか、席を外した後は必ず伝言メモ等はチェックしている。
 そのうえ、見落としがないように自分へのメモはパソコンに直接貼り付けてくれるように周囲の者たちにも頼んでいるのに。
 でも、二人が嘘をついているようには見えなかった。
 第一、嘘をつく理由もない。
 たいがい、社内の女性社員たちに反感を買っていたつくしだったが、幸い課内では表立ってそういった動きはなかった。
 それに真柴も戸上も既婚者で、類や高階に対して憧れがないとは言わないが、やはり独身の女たちに比べればその反応は落ち着いている。
 「とりあえず、失念していたにしろ手違いがあったにしろ、犯人捜しをしても仕方がない。牧野さん、至急、うちの担当営業と連絡とってくれ。俺も、代替えの方なんとかしてみるから」
 「…はい」
 落ち込んでいる暇はなかった。



 なんだかんだで突発的トラブルは、高階以下つくしや課内の仲間たちの努力で解決した。
 「…今日は、本当にすいませんでした」
 「本当に、ご迷惑をおかけしました」
 「ありがとうございました」
 結局、終業時間を過ぎてもそのしわ寄せを受け、皆が残業を余儀なくされたのに忸怩たる思い。 
 グッと唇を噛みしめ、コーヒーを出しつつ、皆に謝罪に回る。
 「いいよ、ミスは誰にでもあるし」
 「ドンマイ、ドンマイ」
 「気にしないで」
 たいがいがにこやかに、励ましてくれた。
 「…よそから来たからって、いつまでもお客さん気分でいないでよね」
 「花沢専務と知り合いだからって、仕事を舐めすぎてんじゃない?」
 なんて。
 日頃の類や高階関係での嫌がらせとは無縁のところで、嫌味も頂戴してしまったりもしたけれど仕方がない。
 たとえ、身に覚えがないにしろ、ミスはミス。
 納品を前に、日時等確認をとれば回避できていたミスかもしれないのだ。
 まだまだだな…と思う。
 焦りと申し訳なさ、その他もろもろであっという間に過ぎてしまった数時間。
 気が付けば、一人帰り、二人帰り、課内でつくしは高階と二人っきりになっていた。
 「…牧野さん、そろそろ君も帰って?」
 「あ、いえ。課長ももうお帰りになりますか?」
 「うん、そろそろね。キリがいいところで、出ようと思ってるよ」
 「あたしも…トラブルで滞ってしまった雑務を処理してから」
 ちょっと困ったように眉根を寄せたものの、落ち込んだつくしに高階も強くは言い難かったようで…。
 「明日って日もある。気持ちはわかるけど、疲労は判断力や記憶力を鈍らせる。それでまたミスを繰り返したら仕方がないだろう。…君が帰らないと、俺も帰れないんだよ」
 「あ…」
 つくしが顔を上げると、高階が類に似た綺麗な顔を少しだけ悪戯っぽく歪め、再び帰宅を促した。
 「…すいません、帰ります」
 「ああ、明日からも頼むよ」



 廊下に出ると、すでに外はどっぷりと暮れている。
 それがまた、なぜかつくしの落ち込みを助長する。
 …こんなこと、新入社員の頃には何度かあった。
 けれど、こうして曲がりなりにも仕事をするということに慣れ、あまつさえ、他社に見込まれ出向するまでになったのだ。
 それを今更、こんな初歩的なことで。
 ほとんど真っ暗な廊下に煌々と洩れる、休憩所の自動販売機の明かりにフラフラと足を向ける。
 人って落ち込むと、明るいところへ行きたくなるよね。
 なんて。
 が…。
 休憩所の椅子に座って、自分を見上げる青年に、つくしは呆然と立ち尽くした。

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