FC2ブログ

「愛してる、そばにいて」
第1章 泡沫に沈む月②

愛してる、そばにいて0032

 ←愛してる、そばにいて0031 →愛してる、そばにいて0033
◇更新情報他雑文 『こ茶子の日常的呟き』へ
【君を愛するために】オススメ作品!?
ランキングもよろ(・ω-人)
ブログランキング・にほんブログ村へ
いつも応援ありがとう♪
**************************************

 本気でつくしが類と、どうこうなっていた、などと思っていたわけではなかった。
 つくしは夫である司がいながら心を揺らすような女ではなかったし、類もまた友である自分を裏切るような男ではない。
 それ以前に、類とつくしの間には、高校生当時でさえ疑うべき何かがあったわけではないのだ。
 ただ、つくしが類に恋していただけ。
 その事実が、司の胸を掻き毟り、嫉妬という地獄の業火へと叩き落す。
 それでもこの10年、つくしの傍にいたのはつくしの恋していた類ではなく、司だ。
 たとえ始まりがどうだったとしても、この短くはない年月の間につくしは確かに彼を愛し、大切に思ってくれているようになった。
 それは自惚れではないはずなのに。
 だが、司とつくしの歴史が刻まれ続けた年月と同じだけの時、まったく接触がなかったはずなのに、つくしが類を見る目が、類を見て浮かぶ彼女の表情が、司の勘違いだと思うにしても、明らかに他の誰に対するものとも違うのだ。
 賞賛、憧憬、仄かな好意。
 たとえすべての記憶を失い、10年もの時を超えてさえ、惹かれずにいられないとでもいうのか。
 司の目につくしは明らかに、他の誰とも違う何かを類に感じているように見える。
 だが、そんな根拠のない不安でつくしを責めたり、問い詰めたりする自分を赦せなくて、また、そうした自分を赦した時の結末をすでに知っている自分が二の舞いを踏む愚を犯したくなくて、あえて目を背けていた。
 なのに…。
 あの時と同じ、つくしでもなく、類でもなく、司でもない…、まったく彼らに関わらぬ第三者の言葉が司の理性を焼き千切り、狂気のような嫉妬と焦燥、そして絶望を運んできた。
 絶望?
 そこで司はふっと笑う。
 何を大げさな。あの時とは状況が違う。
 絶望するような何が起こり、そして起こっていないと言うのか。
 いま、確かにつくしを手にしているのは司であって、類ではない。
 それなのに、
 『先輩は、相変わらず花沢さんのことがお好きなんですね』
 言葉を紡ぐ女の顔が、司の顔色を観察するように見ていたことなどどうでもよかった。
 ただ、耳障りな言葉が、司の傷跡を引っ掻くあの日の光景を彷彿とさせる言葉が、司の激情を呼び込み、馴染み深い感情を思い起こさせた。
 『フルラージュ・ホテルのラウンジでお二人をお見かけしましたのよ。高校時代もよく非常階段でお会いしてらっしゃいましたよね?』
 つくしの声が、10年前のあの日の光景ともにオーバーラップする。
 『もうここでは会えないと思ってた。あたし、嫌われてる思ったからほんとうにうれしいの』
 頬をほんのりと赤く染めて、潤んだ目で類を見るつくしは、司と口喧嘩して拳を振り上げる勝気な少女などではなかった。
 『ここに来るのが唯一のやすらぎだったから』
 鼻で笑う類に懸命に言い募る少女の顔が可愛くて、その顔が可愛ければ可愛いほど胸の奥に冷たい氷を呑み込まされるようなギーンとした痛みと不快感が次から次へと生まれてきた。
 『あたしにとっては、一番大切なのっ』
 なぜ、そんな潤んだ目でお前が見ているのは俺じゃないんだ?
 なぜ、そんな健気さと懸命さでお前が見つめている相手は俺じゃない?
 頬を染めて、少しも甘くはない類の些細な言葉じり一つ一つを大切そうに聞くお前の嬉しそうな顔。
 我ながら、なんておめでたかった少年の日。
 そんな光景は初めて見た光景じゃなかったというのに、あの日、あの時、つくしから受けたキスが甘くあまりにも幸福ですっかり舞い上がっていた。
 ずっとその前から確かに予感があったと言うのに。
 だから、天にも昇るほどの幸福感が、意図も容易く地の底へと叩きつけられた。
 『牧野さんて、花沢さんのこと好きなんですよ』
 今も司の脳裏を支配し、毒し続けるあの言葉。
 『毎日ああやって、あの非常階段に会いに行ってるんです。すごいんですよ、お熱あげちゃって』
 司は過去の光景の残酷さを思い起こし、たまらず両手で顔を覆った。
 そんなことをしても目の前に広がるのは現実の光景などではなく、司の記憶の中の出来事なのだから顔を隠そうと、目を閉じようと、こんなにも鮮明に目に浮かび上がる。
 『きらわないで』
 つくしの類の為に流した涙が、彼女の真実が、勘違いで舞い上がっていた司の心臓を一瞬で刺し貫いた。
 グワシャッ。
 鈍い音を立てて砕け散ったのは、なんだったのか。
 手に持った薄汚い思惑を収納したビデオカメラなどという物体ではなく、司自身の心と初恋だったのではなかっただろうか。
 そのままつまらない女、俺とは釣り合わないボンビー女と、彼女への想いを傷ついた自尊心で覆い隠し、さっさと捨て去ってしまえていれば、彼女は今もあの時のまま雑草の強さを失わずにいられたのだろう。
 だが、そうであったなら、自分は息も出来ぬままに、単なる道明寺の傀儡、でくの坊として生きたまま死んだように生き、本当の幸福など夢見ることもなく、ただ漫然と生きる無意味な生涯を送り続けていただろうことは間違いない。
 どんなにか…どんなにか、彼女に憎まれ、厭われようと、あの日の自分を後悔できず、もしまた再びあの日の過ちに立ち返ったとしても自分はきっと変われなかった。
 ただ、欲しかった。
 ただ、恋していた。
 ただ…愛していた…だけ。
 手に入れたはずのいまも、焦がれて焦がれて、恋の炎に焼き尽くされるほどに愛しい女。
 一過性の狂乱を、鎮静剤で落ち着かされ眠る妻へと指先を這わす。
 つくしの眠るベッドの傍ら、枕もとに腰を下ろして涙に赤く腫れた目尻や頬を、労うように優しく撫でさすった。
 「…ごめん、つくし」
 あの日には言えなかった言葉を何度でも重ねて。
 それでもいつの日か、追いつかれた罪の贖罪にこの身を滅ぼされることがあるのだとしても、この愛しい女を愛することをやめることだけはできない。
 そして、今日もまた、彼は懇願するしかない。
 「愛してる、そばにいて」
 この言葉だけが彼の、たった一つの真実であり、永遠の願いだった。



 パタン。
 ドアのそっと閉まる音に、つくしはふっと瞼を開く。
 肌に馴染んだ司の温かな指の感触が、薬のもたらしたあやふやな眠りからつくしを呼び覚ました。
 だが、まだ滲んだ視界やぼうっとした頭が、半覚醒の夢現な状態であることを教えてくれる。
 耳に蘇った夢とも現実ともしれない怖ろしい声が、最愛の夫の顔を見ることをつくしに躊躇させ、沈痛な男の謝罪を無視させた。
 …あれはなに?
 恐ろしかった。
 底知れぬ怒りに凶暴な気配を隠しもしない司の激情が恐ろしく、それによって呼び起された過去の幻聴がつくしを怯えさせ、惑わせる。
 何も考えたくない。
 今はただ、すべてのことから目を閉じ、耳を塞ぎ、ただただ、明るい朝の日の光を待って眠り続けたかった。




web拍手 by FC2

関連記事


総もくじ 3kaku_s_L.png イベント
総もくじ 3kaku_s_L.png だから今日も I'm so happy…百回分の花をあなたに
総もくじ 3kaku_s_L.png ******【司×つくし】******
総もくじ 3kaku_s_L.png 愛してる、そばにいて
総もくじ 3kaku_s_L.png 百万回の微笑みを愛の言葉にかえて
総もくじ 3kaku_s_L.png 陽のあたる処でシリーズ(短編集)
総もくじ 3kaku_s_L.png Fly me to the havenシリーズ…36話完
総もくじ 3kaku_s_L.png アネモネ…全171話完+α
総もくじ 3kaku_s_L.png ******【類×つくし】******
総もくじ 3kaku_s_L.png 中・短編+
総もくじ 3kaku_s_L.png パッション…①24話②22話完
総もくじ 3kaku_s_L.png 陽だまりの詩シリーズ(短編集)
総もくじ 3kaku_s_L.png ****【総二郎×つくし】****
総もくじ 3kaku_s_L.png 中・短編-
総もくじ 3kaku_s_L.png ****【あきら×つくし】****
総もくじ 3kaku_s_L.png 中・短編^
総もくじ 3kaku_s_L.png ***【その他CP】***
総もくじ 3kaku_s_L.png 中・短編'
もくじ  3kaku_s_L.png 倉庫
総もくじ  3kaku_s_L.png イベント
総もくじ  3kaku_s_L.png だから今日も I'm so happy…百回分の花をあなたに
総もくじ  3kaku_s_L.png ******【司×つくし】******
総もくじ  3kaku_s_L.png 愛してる、そばにいて
総もくじ  3kaku_s_L.png 百万回の微笑みを愛の言葉にかえて
総もくじ  3kaku_s_L.png 陽のあたる処でシリーズ(短編集)
総もくじ  3kaku_s_L.png Fly me to the havenシリーズ…36話完
総もくじ  3kaku_s_L.png アネモネ…全171話完+α
総もくじ  3kaku_s_L.png ******【類×つくし】******
もくじ  3kaku_s_L.png 拍手小話+
総もくじ  3kaku_s_L.png 中・短編+
総もくじ  3kaku_s_L.png パッション…①24話②22話完
総もくじ  3kaku_s_L.png 陽だまりの詩シリーズ(短編集)
総もくじ  3kaku_s_L.png ****【総二郎×つくし】****
総もくじ  3kaku_s_L.png 中・短編-
総もくじ  3kaku_s_L.png ****【あきら×つくし】****
もくじ  3kaku_s_L.png 拍手小話^
総もくじ  3kaku_s_L.png 中・短編^
総もくじ  3kaku_s_L.png ***【その他CP】***
総もくじ  3kaku_s_L.png 中・短編'
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png ストック
もくじ  3kaku_s_L.png R短編集
もくじ  3kaku_s_L.png アネモネ R
もくじ  3kaku_s_L.png 恋愛の品格 R
もくじ  3kaku_s_L.png 愛妻生活 R
  • 【愛してる、そばにいて0031】へ
  • 【愛してる、そばにいて0033】へ

~ Comment ~

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【愛してる、そばにいて0031】へ
  • 【愛してる、そばにいて0033】へ
にほんブログ村 小説ブログへ💛
スポンサーリンク