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「愛してる、そばにいて」
第10章 贖う⑤

愛してる、そばにいて1018

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 「バイオリン?」
 「うん。今日ね、ホテルのロビーにいる時に―――あ~、えっと、そ、そう、流れていた曲が何か聞き覚えがあったんだけど」
 連想がボウッと日本人観光客の若い男性を見ていたことにまで飛んでしまい、またも司の機嫌を損ねてはと、サラッと流して本題を話してしまう。
 「ホテルのロビーで流す曲つーたら、バッハやモーツァルト、ショパンあたりだろうけど、特に気にしたことねぇな」
 つくしにしても同様だったし、クラシック曲は教養の一環として家庭教師たちからかなり厳しく教え込まれているから、別にホテルのロビーに限定せずとも聞き覚えがあっても当然だった。
 …それでも、何の曲だかパッと思い浮かばないところがまだまだだよね。
 軽く落ち込みかけて、いやいや、今はそんな話じゃなかったと思いなおす。
 「それが授業で聞いたとかそういうんじゃなくって、誰かが弾いているのを聞いた気がするのよ」
 今時、上流階級の人間でなければバイオリンを習っているとは限らない。
 もしかしたら、つくしの家族の誰か、あるいは友人、そうでなくても、彼女が通っていた学校自体が司のようなセレブの子女が多く集まっていた場所だったのだから、誰かしらが練習していたのをたまたま耳にしただけだったのかもしれない。
 けれど、つくしはそうではない気がした。
 いや、あるいは、彼女の為に成された演奏ではなかったのかもしれなかったが、そのバイオリンの音に、どこか甘酸っぱいような切ない想いがこみ上げ、ただそうして何気ない日常の中で洩れ聞いたものではないと思ったのだ。
 …私にとって、何かとても大切な思い出だった?
 だとすれば、そうした感情を思い起こす場面にいてもおかしくない相手といえば、今目の前でつまらなそうにあまり興味を示してくれない司しかいない。
 「司が練習してたり、演奏してるのを聞かせてもらうこととかがよくあったのかなって」
 そのわりには今の司が楽器を演奏しているところを見たことはない。
 しかし、ただでさえ多忙な男だ。
 いくらそうしたものが上流階級の嗜みの一つで、常日頃の鍛錬が欠かせないとはいえ、呑気に楽器を弾いていられる身の上ではない。
 「……俺が?」
 「うん」
 「ピアノよか弾けないことはねぇけど、………俺じゃねぇよ」
 「そっかぁ」
 …うーん、残念。
 たとえ司だったとしても、だからどうしたということもないのだが、もし自分にバイオリンを聞かせてくれたのが司で、そのことを懐かしく思ったのなら、それはもしかしたら自分の失われた記憶の欠片の一つではないかと期待したのだ。
 期待するにはあまりに囁かで、些細なものにすぎなかったけれど。
 …でも、なんか他にも何か思い出したような気がしたんだよな。
 誰かの声が聞こえた気がした。
 司が過剰な反応をしたので、司に確かめることができなかったが、彼女が注目していた日本人観光客の男性の言葉が妙に耳の残って、記憶の琴線に触れた。
 …ううん、違う。たぶん、声だ。
 誰だかわからない、けれど、心をザワつかせる誰かを思い起こさせる声。 
 「………思い出せそうな気がしたんだけどな」 
 「………」
 司が彼女へと視線を向けたのと、何気なく彼女が顔を上げたのはほとんど同時だった。
 バチッと交わった視線と、予想外に鋭い眼差しで自分を見つめている司の顔に出くわして内心で仰け反ってしまう。
 「司?」
 「何を思い出せそうだって?」
 「え?」
 「今、言ってたろ?」
 「……あ、う、うん」
 ゾワリと背筋が総毛立つ思いがした。
 「お前は何を思い出したんだ?」
 「………」
 喉が渇く。
 「言えよ?」
 ゴクリと唾を飲み込もうとしては、乾いてしまった口内に少しも唾などなくって、それでも自分を睨み据える司の眼光が怖くて、上手く言葉を発することができない。
 …なんか言わなきゃ。
 そう思うのに、ここのところ影を潜めていた彼への恐怖感が蘇る気がして、つくしは小刻みに震え出すのを堪えることができなかった。
 しかし、司はそんな彼女に気がつかない。
 いや、気がつかないのではなく、それ以上の何かに囚われ、気にしようともしていないだけだったか。
 『―――司様、社屋前に到着しましたが?』
 インターフォンから聞こえてきたSPの声に、ハッとつくしが周囲を見回すと、司も彼女を見据えていた視線を外し、それでその場を支配していた緊張が解けた。
 告げられたとおり、いつの間にか車は目的地に到着していたらしく、しかし、没個性的な地下駐車場の意匠に、パッ見ここがどこなのかつくしには判断がつかない。
 けれど、司にはもちろんわかっていたのだろう。
 小さく吐息をつき、視線を落とすと、………ポツリと呟くように、彼女へと質問した。
 「お前、記憶を取り戻したいのか?」 
 「え?」
 「前の記憶」
 咄嗟に何を言われたのかわからなかったつくしだったが、しかし、司の問はあまりに意外なものだった。
 …記憶を取り戻したいのか、って。
 「そ、そりゃそうだよ!」
 当たり前のことだ。
 自分が誰なのか、どんな風に今まで生きてきたのか、それらすべてを失ったまま……欠落したままで平気な人間などいるはずもない。
 もしかしたら、自分は犯罪者なのかもしれない。 
 ―――あるいは、やはりこれは誰かの夢で、その人物が夢から醒めてしまえば、一夜にして消え去ってしまう、自分はそんな儚い存在なのではないか、そんなことさえ思う。
 それでも、これまでの彼女は自分の記憶を取り戻すことにそれほど熱心ではなかった。
 それは、
 …私には司がいたから。
 生きることを心配する必要がなく、過去がなくてもなんら困ることがなかった。
 いや、おそらく、それもまた彼女がある意味異常だったからに違いない。
 自分自身のことなのに、そうした心配さえもどこか間遠く現実のものとして受け入れられない状態をけっして正常とはいえまい。
 「俺は必要ねぇと思ってる」
 「……え?」
 さっきからつくしは「え」ばかりだ。
 …どうして、そんなことを司が言うの?
 恋人に自分のことさえ、それまでの二人の歴史を忘れ去られてしまった男が。
 「お前が記憶を失ったのは、その必要があったからだ。……医者も言ってたろ?むしろお前が記憶を戻すことで、逆に精神状態を悪化させて、今度こそお前自身が損なわれる可能性がある。忘れちまったのは、―――それだけお前にとって辛くて苦しい、不必要な、いや、あるべきではない記憶だったからなんだよ」




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