「愛してる、そばにいて」
第10章 贖う①

愛してる、そばにいて0915

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 唇を抑えた手がブルブルと震える。
 とたん吐き気がこみ上げそうになって、けれどグッと腹に力を入れ、その衝動を堪えた。
 …怖い。
 怖くて、怖くて、本当に怖くて…、もし、またあの男が来て、今度こそ当然の権利だと迫られてしまったらどうしようと、泣きたくなった。
 力では敵わない。
 それは身に染みている。
 記憶にはないはずなのに、たしかな実感としてなぜかそれがわかった。
 ゴクリと唾を飲み込んで、ベッドを抜け出す。
 あの男がいないというのなら―――。
 それは意識してのことではなかった。
 彼女が、‘彼女’として目覚めて以来の初めての情動。
 もしかして、とソッと居間へのドアを開ければ、案の定、寝室にはいなかった司が、ソファに大柄な身体を俯き加減に横たえ眠っている。
 キィ~。
 できるかぎりの慎重さでドアを開けたはずなのに、思わぬほどにドアが軋む音が響いた気がして、つくしはビクリと怖じけた。
 しかし、どうやらぐっすり眠っているらしい司の目は覚めなかったようで、ソロリソロリと足音を消して真横を彼女が横切っても、司は起き出しては来ない。
 逸る気持ちを宥め宥めて、居間も抜け、司の部屋を抜け出してドアを閉め、そのドアを背にした時には盛大なため息をこぼれ落ちた。
 「はぁ~~~、見つからなかった」
 右に左に周囲を探って、使用人の姿がないことにも安堵する。
 まだ、時間帯は日が昇り始めたばかりだ。
 司は初日以来、使用人たちですら余人が勝手に自室に出入りすることを嫌って、呼び出した時以外は人払いをしていたから、おそらく彼が起き出すまでは今しばらく、彼の部屋近辺に人が出入りすることもないだろうから、上手くすれば玄関まで誰にも会わずに済むかも知れない。
 問題は、玄関の場所だ。
 つくしもここ数日で、何度かパーティや病院に行く為に玄関までの道のりを行き来している。
 それでも同じコースばかりで、万が一人に出くわしたり、アクシデントが起きた場合は迂回路に心当たりがなかったから迷ってしまうかもしれない。
 司の両親の家だという世田谷の屋敷も広大だったが、ここもまるで決して抜け出せない迷宮のように感じさせるほどの広さを持って、彼女の逃走を阻んでいるように思えた。
 ―――逃走。
 まさに、今の彼女にとって、そのものズバリの言葉だ。
 …逃げ出さなきゃ。
 そうでなければ、
 ―――あの男に捕まってしまう。




*****




 司の私室を出て、1時間ほどか。
 つくしは、広大な屋敷の一角、玄関前の柱の影で途方にくれていた。
 まず第一に、遥か遠くに見えもしない門前までの距離もそうだったが、おそらく門前に出たとしても高い塀に囲まれた屋敷の敷地から無断で出ることなどできなかったに違いない。
 けれど、一番の問題はそんなことではなかった。
 つい衝動的に司の下を逃げ出してしまったが、この右も左もわからない外国の空の下でいったい自分はどこへ行けばいいというのか。
 たとえここが日本だとして、自分の親だという人たちのもとへ行くにしても、彼らの住所も連絡先も、名前さえもわからないのだ。
 …子供だって、それくらいくらいわかってるのに。
 朝焼けに照らされた広大な庭は、まるで彼女の行く手を阻む大樹林のようにさえ、今の彼女の目には映り、建物から離れる勇気さえも出ないでいた。
 「……どうしよう」
 無謀だった。
 …どうする?戻る?
 でも、戻ってどうするのか。
 …あの人に、お願いしてみようか。
 以前は恋人同士だったのかもしれない。
 結婚を約束していたのだというけれど、今の自分は、まるで寄る辺のない気持ちだけに埋め尽くされていて、とてもではないが恋とか愛とか、……憶えてもいない婚約者のことをとても愛せる気がしないし、たとえ結婚したとしても夫婦として生活をする自信がないと。
 有り体に言えば、つくしは司に身体を求められることが怖かったのだ。
 あれほど紳士的に接してくれてはいても、なぜか、あの男も所詮男の人なのだからという思いを拭いされない。
 いつ彼女の意思を無視して襲いかかって来るかという不安を拭いきれないでいる。
 体を壊して、弱っている時にはたしかに手を出されはしなかった。
 しかし、医師の言葉が、妊娠を許可する言葉が、彼女の体と心をゾッと震わせる。
 どんなに言葉を尽くされても、大切にされていても、身の内に宿るこの不信感と嫌悪はなぜなんだろうと、つくしは自分で自分が不思議だった。
 もしかしたら、自分は司に騙されているのではないか、なんて。
 …そんなあたしなんかを騙して、婚約者だなんて言ってあの人になんのメリットがあるの?
 記憶を失っても、客観性や常識を失ったわけではなかった。
 自分の婚約者だと名乗る男が、どれだけ上等な男で、自分がいかに平凡な女であるかなんて誰に言われずともわかる。
 本来なら、釣り合わない二人であることも。
 …あたしは美人じゃない。
 司は美形だった。
 東京でもニューヨークでも、彼より美男子は見かけなかったし、おそらく稀な美貌の主とはあの男のような人間を言うのだろうと思う。
 頭の出来は自分ではわからないけれど、それでも天才と呼ばれていたり、特別な才能を持っている人間ということもないだろう。
 もしそうなら司もそう言っただろうし、彼女の知り合いだと言って見舞いに来ていた人々の誰かしらもそれらしい話をしていたに違いない。 
 そして、彼女がこんな大きな家のお坊ちゃまに釣り合う家のお嬢様ではないことくらい、自分でわかる。
 …テーブルマナーとか、礼儀作法とか全然わからない。
 司の身のこなしの優雅さこそ、おそらく‘生まれ’というものなのだ。
 …わからない。何一つわからない。
 どうして自分がここにいるのか。
 今の彼女が目覚めた一番はじめの時に、失ってしまった過去の全てあまりの大きさに愕然とした。
 けれど、あれからもう半月近くの日数が過ぎても、いまなお何一つわからないまま、過去が蘇るどころか、新しい何かが自分の中に積み重なって気さえしなかった。
 …まるで、夢の中と同じ。
 もしかしたら、今ここにいる自分は誰かの見ている夢の中の登場人物にすぎないのではないか、そんな馬鹿なことさえも思う。
 もしそうなら、その夢が覚めてしまった時、自分は跡形もなく消えてしまうのだろうか、水面に映る月が朝の訪れと共に消え去ってしまうように。
 「……あれ?」




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