「愛してる、そばにいて」
第10章 贖う①

愛してる、そばにいて0893

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 結局、つくしが泣き伏してしまって以後、彼女との間に建設的な会話は何一つ交わすことができなかった。
 それどころか最初に目覚めてわずかに交わした会話以外、彼女は医師ばかりでなく司にも一言も言葉を発することがなかった。
 一応は泣き声を零していたから、まったく声ができないということではないようだったが。
 眠ってしまったつくしの体に毛布をかけてやり、髪を撫で椅子を立つ。
 本当は彼がそばにいることで、つくしが落ち着かないのではないかと思っていたのだが、彼が席を立つ気配を感じると、心細そうな顔で彼の行方を追う彼女の視線にそばを離れることができなかったのだ。
 胸の奥底にジワジワと染み入り湧き上がってくる感情がある。
 自分でも自覚してい。
 それは言葉にして言えば間違いなく‘喜び’というものだった。
 …俺ってヤツは。
 どこまで身勝手でエゴイストであるのか。
 不安がって怖がっている彼女が、誰でもなく自分を頼っているらしい様子に喜びを感じている。
 これまで誰よりも彼女を怖がらせ、そしておそらく現状を作った元凶である彼が。
 『……明日には記憶が戻るかもしれません。ですが、最低でも1年。あるいは一生記憶が戻らなかった事例もあります』
 …一年。
 医師の声が耳元で蘇って、まるで他の誰かにも聞かれてしまったかのような疚しさにハッと周囲を見回す。
 だがそこには静寂が広がるばかりで……。
 …そうだ、明日には元のあいつに戻っているに決まっている。
 元のつくしに戻って、怨嗟と憎悪の眼差しで彼を見るのだ。
 彼を引き止める為に、彼女が掴んだ手の甲が熱い。
 縋り付くような眼差しで彼を見て、頼り切るように肩を抱く彼の胸に遠慮がちに寄りかかったやせ細った華奢な体の感触に胸が詰まった。
 …守ってやりたい。
 今度こそ、俺が。
 だが、彼女はそれを望まないだろう。
 けれど、もし、彼女が今のままだったら?
 すぐに記憶は戻るだろうという自分を戒める声と、邪な期待が交互に飛来する。
 …それにたとえ今すぐでなくても、いつかは記憶が戻るかもしれねぇ。
 「……フゥ」
 いくつもの自分自身があるかのように、たくさんの声が彼を惑わし疲弊させた。
 まるで善と悪の戦いだ。
 そんなことを思う自分を司は鼻で嗤う。
 つくしの病室の隣室のベッドに腰を下ろした時には、ドッと疲労が押し寄せた。
 「……っ」
 肋骨の骨がギシギシと軋んで、身動きするどころか息を吸うだけでも痛いことを思い出した。
 司の怪我の程度は、女ひとりを抱えて階段を転げ落ちた割には軽いものだったと言えるだろう。
 おそらくそこには幼い頃から受けていた武道の訓練の賜物で、知らず知らずのうちに受身を取っていたことも大きいに違いない。
 …折れた骨が内蔵に突き刺さってたら、マジやばかったな。
 とはいえ、自分だけではなく他人も抱えていたのだから、その体重をモロに受け止めた部分は無傷とはいかなかった。
 背骨や首の骨、頭部など致命傷の受傷は無意識に避けていたらしいが、それでも肋骨の損傷と全身打撲は免れず、医者の見立ては全治一ヶ月。
 現在、司は一応はコルセットを装着している。
 しかし、平気で動き回っている彼に医者や看護師の方が驚いていた。
 …あいつの痛みに比べれば、こんなの屁でもねぇ。
 つくしの痩せこけて青白い頬を流れ落ちた涙の残像が彼を胸の怪我の痛みよりなおいっそう苦しめ、呼吸を苦しくさせる。
 …もう泣かせたくねぇ。
 そのためには、彼女が望んでいたとおり彼から解放してやるしかないのだろう。
 けれど、心がイヤだと泣き叫んで、悲鳴をあげてそんな自分の冷静な考えを翻意させようとダダを捏ねる。
 とりあえずは―――、
 司は疲労に霞んだ目を虚ろに向けて、ベッドサイドのサイドテーブルへと視線を流す。
 特別室だとはいえ、自邸の豪奢な家具ではなく、清潔ではあるがどこか無機質で無構成な室内にふさわしく味気ないそれの上に置いてあった、自分の携帯電話へと手を伸ばした。
 …牧野のことは、明日だ。
 彼らしくもなく問題を先送りにして、一度は落としていた携帯電話の電源を入れる。
 予想のとおりだが、昨夜母親から一度電話が入っていたっきり、以後連絡が入ることはなく、何度か屋敷の家令からは着信が入っていた。
 後はあきらや総二郎、いつもの面々からの着信の他、珍しいことに類からの連絡の履歴が残っていて司は顔を顰めた。
 …そういえば、こいつからも連絡が入ってたか。
 よりにもよってこのタイミングで。
 よもや彼の指示もなく、誰が相手であろうとよけいなことを他人に言うような使用人は道明寺家には誰もいなかったが、それでも幼馴染みの親友たちだ。
 いつものように屋敷に直接訪問されて尋ねられては、まだ口止めもしていなかったから、ある程度の事情は答えてしまうかもしれない。
 だが、もし事情を知って連絡してきたのなら、もっと夥しい数の着信があったはずだし、類はともかく総二郎とあきらくらいはすぐに病院に顔を出していただろうし、類もやって来ないということはあるまい。
 あるいは司だけではなく、つくしが入院していると知れば類もすぐに病院へと駆けつけただろうか?
 …な、わけねぇか。
 たしかにつくしは類に惚れていたし、類も珍しく静以外の女であるつくしにカマってはいた。
 だが、依然類にとって一番大事なのは静だろうし、親友である司と争ってまでつくしを手に入れたいという意欲などあるはずもない。
 ブー、ブー、ブ――ッ
 突然震え出した携帯電話のバイブの振動に、携帯電話を握り締めていたまま着信履歴を眺めていた司の肩がビクリと震える。
 …姉ちゃん。
 それはロスアンゼルスにいる姉の椿からの着信だった。
 しかし、司はその着信を受けることなく即座に回線を切断してしまう。
 すぐにかけ直してくるだろうが、今の彼はあの清廉な姉の声を聞きたい気分ではなかったから。
 …2日か。
 さすがに結婚前のように自由気儘にとはいかないだろうが、姉からの着信を拒否してしまえば、そのうち今度は本人が自家用ジェットを駆って来日してしまうことは目に見えている。
 どちらにせよ、姉に事の全てが発覚せずとも、母親の第一秘書に西田が派遣されてくれば、これまでのようにはいかないだろう。
 井の中の蛙。
 たとえつくしが指摘せずとも、本当はわかっていた―――ずっと見ないフリ、知らないフリで、認めようとしなかっただけで。
 このままでは、つくしはもう二度と彼の手に届かないところへと奪われてしまうことは間違いない。
 そして彼は今度こそNYへと召喚され、両親の厳重な管理下へと置かれるか。
 NYあるいはロスアンゼルスからの移動を含め、猶予は2日にも満たない。
 つくしの状態がわからない現在、司は八方塞がりだった。
 …完全に詰んだか。
 いや、
 …終わらせねぇ。俺はただの蛙なんかじゃねぇ。
 たとえかつてのつくしや、親たちが彼を見縊っていようと、彼はどこまでも―――道明寺司だった。
 どんなものでも捩じ伏せてみせよう。
 少しでも可能性があるのなら、けっして彼女を諦めはしない、…できないのだ。
 「ふっ」
 まだ自分は彼女を諦めず、死を望んでまで解放を願った彼女の意思を無視し、またしても彼女を縛り付けようというのか。
 それでも、自分を縋るように見ていたつくしの涙に濡れた顔が、頼りなげに身を任せてくれた寄りかかってくれた彼女の身体の感触が、彼の指先を動かしていた。
 たとえ彼を利用して、道明寺家の乗っ取る、あるいは崩壊させようとする者たちを利用してでも…。
 トゥルルルルルル、トゥルルルルルル、トゥルルルル……プッ、
 『―――――私だ』
 「お久しぶりです。司です」




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