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「愛してる、そばにいて」
第10章 贖う①

愛してる、そばにいて0892

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 うんうん、と頷くのをやるせなく見やって、司は自分が知る限りの彼女のプロフィールを語った。
 しかし、そうして話しているうちに、司自身も思わぬことに気がつかされてしまう。
 …俺は、こいつのことを何も知らない。
 もちろん彼女がどんな女で、どれだけ稀有な女であるかは彼自身は一番よくわかっている。
 だが、それは彼が彼女を惹かれた部分ばかりで、これまで彼女が何を考え、どんなことを想い、何を嗜好していたかなどはまるで気にしたこともなかったのだ。
 司が知っているのは、つくしが司を嫌いなこと、彼の屋敷を逃れたがっていたこと、……彼のせいで自殺未遂を図って流産し死にかけたこと、そうしたことばかりで、英徳に入学するまでの彼女がどんなふうに生きてきて、何が好きで、どんなことを喜ぶのか、あれほど帰りたがっていた自分の家ではどんな少女だったのか。
 知ろうともしなかった。
 ただ彼女を欲しいというばかりで。
 それこそ店頭に並んだ玩具や、こちらが気持ちを察してやる必要もないペットか何かのように、彼女を人間扱いしていなかったのだといまさらながらに気がつかされる。
 司はグッと拳を握り締め、それでも深呼吸一つでなんとか気持ちを切り替えた。
 「…………ここのところしばらく体調を崩して、ガッコには行ってねぇけど、どんなに落ちてる時でも、頑張って毎日ガッコ通ってたよ。スゲェ真面目に勉強してたし」
 司の言葉に顔を顰め、時には首を振って、一つ一つの記憶を確かめていた彼女が、しかし、その中に一つも思い当たることがなかったからなのか、泣きそうに顔を歪め激しく首を振り、手で耳を塞いで彼の言葉を拒絶する。
 …もう、聞きたくない。 
 そんな彼女の悲痛な声が聞こえて、司は口を噤んだ。
 結局、自分はどんな状態でも彼女を苦しめて悲しませることしかできないのか。
 虚ろな寂寥が司の胸を占める。
 だが、そうこうしているうちに、つくしがペットボトルから手を離したことで、彼女の膝の上に乗っていたペットボトルがコロリとベッドの下へと転がり落ちた。
 「あ………っ」
 慌てたつくしが、ペットボトルを受け止めようと手を伸ばして、体をベッド下へと伸び上がらせる。
 とたん、
 「あうっ」
つくしが下腹部を押さえ、ベッドのシーツに突っ伏した。




*****




 ガゴンッ、ゴロゴロゴロ…。
 「大丈夫かっ!?」
 さっきからあれこれと彼女に話しかけていた男が、まるで飛びつくような勢いで慌てて蹲ったつくしの傍らへ腰を下ろして、彼女の体を抱き寄せ顔を覗き込んでくる。
 痛みに呻く彼女の横で、彼女の様子を窺う男の顔はごく真剣で、本当に心配しているのが彼女にもよくわかった。
 …この人。
 目覚めてから、目に見るもの耳に聞こえるもの、何もかもが見知らぬものばかりで、それどころか自分の中が真っ白なことに気がついた時、―――彼女は言葉を失ってしまった。
 今口からついてでた言葉さえも見知らぬ言葉のようで。
 …あたしは誰?ここはどこ?なんで、なんで、なんで。
 ‘なんで’ばかりが胸いっぱいに溢れて、自分がいったい何に対して疑問に思っているのかさえわからず混乱していた。
 何も憶えていない。
 今、呻き声を堪える為に口元にあてているのが手で、ギョロギョロと不安に周囲を探っているのが目であることはわかっている。
 震える彼女を慰撫して、彼女の背や腰を撫でているのが自分の知人である男性で、彼や先程までここにいてあれこれ彼女の質問したり説明をしていた医師が話しているのが日本語であり、その意味も捉えていた。
 けれど、
 …自分のことだけがわからない。
 いや、正確には自分や自分の周囲にいる人たちのことがまったく思い出せないのだ。
 全生活史健忘―――100万人に一人の難病で、解離症状の一つ。
 自分の名前や年齢、生育史、家族など、自分個人に関する記憶をすべて失ってしまうものだそうで、その多くの場合、本人に耐えられない大きなストレスがきっかけとなって突然生じるものなのだという。
 程度の差はあって、出生以来のすべての記憶のないケースから、数年間のみのものまでさまざまなケースがあるそうだが、彼女の場合は何一つ思い出すことができなかった。
 自分が誰で何歳で、なんという名前なのか、家族は?どこに住んでいて、どんな学校に通っていたのか。
 そしてもちろん、今、彼女の傍らにいて、寄り添ってくれている少年がいったい誰で、自分とどんな関係なのかということも。
 彼女が言葉を発しなかったので、医師ももしかしたら…という表現しかせず、またいくつか説明したうちの一つの症状でしかなかったが、彼女にしても医師が説明していた意味をある程度理解できていたし、その説明と自分の症状をかんがえみても、そうなのではないかと納得できるものではあった。
 ―――それにともなった感情は別にしても。
 …怖い。
 なにもかもすべて、自分自身さえも。
 けれど、この目の前の人形じみた造形の男が一番怖かった。
 怖いのに他に頼れる人が誰もいなかった。
 あきらかに、この場で唯一彼女を気にかけ気遣ってくれているのは彼だけだったから。
 …あたしのことを心配してる。
 それに彼女を見るその目はどこまでも優しそうで、愛しげだった。
 大柄な体格や荒っぽい言動は威圧的なのに、彼女に対する時だけ、どこか一生懸命で彼なりの思いやりを示そうと努力しているのが彼女にも感じられる。
 「いっぅ」
 「…?」
 呻いて顔を顰めた男の顔をジッと見て、ふと男の胸元に覗く白い包帯に気がつき顔を怪訝に首を傾げる。
 そんな彼女に気がついたのだろう。
 何気ない素ぶりで彼女の視線を遮り、彼女の注意を引き戻した。
 「気にすんな、なんでもない。それよりも、悪かった。焦ってるつもりはねぇんけど、あれこれ急に言われたってお前にしても困るだけだったろ?」
 「……………」
 「もしかしたら、明日には思い出してるかもしれないんだ、焦ることもないよな」
 優しく言ってくれる言葉に、涙がポロリと溢れた。
 「お、おい、どうしたんだよ?また腹がいてぇのか?それともなんか、俺、マズイこと言ったか?もしそうなら…マジごめんな」
 最初なぜ彼がそんな風に焦ったような声音であやまってくるのかわからなくて、ポツンポツンと手の甲に落ちるその水滴が自分の涙だなんて気がつかなかった。
 けれど、
 …温かい。
 ズクンズクンという激痛を訴えていた下腹の奥の痛みが、わずかでも和らいでゆく気がしていた。
 …この人は誰?
 ただ自分の中の記憶を探るだけでなく、そんな疑問が心のうちに初めて生まれた。
 どうしてこの人はここにいて、自分をそんなふうに真摯に労ろうとするのだろう。
 彼女の一挙一動にアタフタとして、不安そうな顔で彼女を見ては、精一杯の優しさで気遣おうとしているのが怯えている彼女にも伝わっていた。
 目覚めて初めて彼女が彼を目にした時には、まるで生きて動いているのが信じられないような完璧な美貌のせいでか、部屋の置物か何かと勘違いしてしまっていて、まさか人間だなんて思わなかったから、彼に声をかけられた時には本当に驚いてしまった。
 驚いて言葉を失って…、誰だっただろうと記憶を探って……まったく思い出せなかったのだ。
 それどころか自分が、今目の前にいる彼のことだけでなく、自分自身のことさえ何一つ憶えていないことにすぐに気がついた。 
 驚愕、恐怖―――。
 心の中に広がった感情はそればかりで、突然空高く何もない空間へとたった一人放り出されていまったかのような衝撃に、つくしは言葉を発することができなくなってしまっていた。 
 喉の奥に詰まってしまった何かが、彼女の言葉を押し込めて塞き止めてしまったかのように。
 …ああ。
 ああ。
 …あたしは、誰なの?そして、あなたは?
 自分にとって彼だけが頼れる人なのではないかという思いとは裏腹に、心の奥の奥、奥底から囁きかけてくる昏い声がある。



 ―――この男だけは信じてはダメ。それだけは絶対にしてはダメなことだから。




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