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「愛してる、そばにいて」
第10章 贖う①

愛してる、そばにいて0891

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 ―――記憶喪失。
 まるで出来の悪い小説かドラマか、あるいは映画の題材のようだ。
 けれど、怯えたような目で周囲を見回しては、自分を縋るように見上げてくるつくしの様子を見れば、とてもウソだとは思えなかったし、彼女が伊達や酔狂でそんなものを装うはずもない。
 第一、この場にいる誰よりも彼女にとって脅威であるのは司であるはずなのに、そんなふうに縋るように自分を見る彼女など、どんな妄想の世界の彼女なのだと密かに小さく自嘲する。
 医師の診察と検査とを受けて、一応の説明を受けた後はとりあえずは様子を見て、また明日以降今後のことを話し合おうということになった。
 医師にしてみても初めての経験なのか、いささか困惑気味で『過去の事例では』…という言葉ばかりを連発していた。
 それでもおそらくつくしの記憶喪失は外傷性のものというよりも、心因性の可能性が高く、その状態が果たして一時的なものになるのか、長期に渡るのかわからないということだけが確実に言えることのようだ。
 また、つくしには記憶喪失以外にも問題がある。
 幸い…と言っていいのかわからないが、つくしの場合、階段の落下と地面に激突したショックで半ば出産状態になったカタチでの流産だったから、胎内の胎児や付属物はほとんど胎内から排出されてはいたが、まだ完全ではなかった。
 数日間様子を見て、場合によっては掻爬(そうは)手術※を受ける必要があるとのことで、また流産の影響やダメージもまだまだ大きく、出血が続いている状態だ。
 今は本人もそれどころではないのかもしれないが、当然いまだ痛みもあるだろう。
 司が彼女を苦しめているのは、現在進行形なのだ。
 医師や看護師たちが退出した後の病室につくしと二人取り残されて、正直、司は現在の状況をどう捉えるべきか困惑していた。
 「大丈夫か?」
 両手を組み合わせて蹲るようにしてベッドに腰掛けているつくしの強張った顔が、ハッと彼を振り仰ぐ。
 その目に浮かんでいるのは、あきらかな怯え。
 だがこれまでの彼女とは違って、つくしが怖がっているのは司のことだけではなく、ありとあらゆるものすべてなのだ。
 医師が何かを尋ねるたび、あらたな人間が目の前に現れるたびに、つくしはまるで世界中の誰もが自分を傷つけるとでも思っているかのような過剰さで怯えていた。
 それどころか今彼女が怖がっているのは、他人ばかりではなくもしかしたら自分自身もなのかもしれない。
 なぜか司にはそんなふうに感じられて、彼の一挙一動を戦々恐々と見守っているつくしへと、可能な限りの穏やかさで小さく微笑み、ゆったりとした声音で話しかける。
 「目が覚めて、次から次に矢継ぎ早にいろんなことを質問されたもんな。疲れたんじゃねぇか?」
 つくしが無言で首を横を振る。
 それは果たして司の問いに、そんなことはないという意味なのか、あるいは今は何も話したくはにという意味合いなのか。
 しかし、司はそんな彼女に頓着することなく―――少なくても頓着していないフリを装い、病室の傍らに設置されているミニバーに向かう。
 現在、つくしがいるのは特別室で、ミニバーばかりか給湯室やトイレ、浴室までもがついていて、隣には続きになっている控え室までもがある。
 何日いることになるかは、まだつくしの状態からはハッキリとしてはいなかったが、つくしが入院している間、許されるならば司もその隣室に泊まるつもりだった。
 司自身は肋骨の骨折の他には、あちらこちらに打撲があるくらいで幸い内臓等に損傷はなかったから、即日の退院も可能だったが、彼の心情的にはつくし一人を残して行けるはずもない。
 だからこの場合、許可を出すのは病院関係者ではなく、つくし自身になるだろう。
 もちろん以前の彼女であれば、間違っても彼が残ることを望みはしないことはあきらかだったけれど。
 ミニバーからミネラルウォーターを二本取り出し、つくしの元へと戻る。
 振り返るとこちらを見ていたつくしとバチリと視線が合わさって、それで彼女がずっと自分を見ていたことがわかった。
 …牧野が俺を見てる。
 できるだけ彼を意識の外へと締め出して、彼が無理強いしなければけっして彼を見てくれることがなかった彼女が。
 こんな時だというのに、身震いするほどの喜びが湧き上がって、そんな身勝手な自分の歓喜と欲望―――もっと彼女に見つめられたいという気持ちを、司は懸命に押し殺し戦っていた。
 彼女に見てもらいたいが為だけに、これまでさんざん彼女を虐げ苛んで、ついには壊してしまったのだから。
 「喉渇いてんだろ?…いきなりガバガバ飲むのはマズらしいから、一口二口、口に含めよ?」
 蓋を緩めて司が差し出したペットボトルにジッと見入ったまま、手を伸ばそうとはしないつくしの手を掴んでその手に握らせる。
 手を掴んだ瞬間、つくしは怯えて体を縮こませて震えていたが、ペットボトルを握らせてしまうと、司はポンポンと小さく叩いてあっさりとその手を離す。
 「ほら?」
 そんな司の柔らかな促しに、少しだけ逡巡していたつくしだったが、やがてコクンと一つ頷いて、蓋を開けてペットボトルに口をつける。
 「ゆっくりだぞ?」
 コクリ…コクリとつくしの喉が動いて、水を嚥下してゆく。
 なんとか彼女が噎せることなく自力でペットボトルの水を飲んでいるのを確かめ、司が再びベッドサイドの椅子へと腰を下ろす。
 「今の状況…少しは飲み込めたか?」
 「………………」
 「言葉はわかるんだよな?」
 記憶喪失の状態にもいろいろあって、場合によっては赤ん坊の状態に戻ってしまうこともあるそうだが、たしかつくしは目覚めたばかりの時ちゃんと話をしていた。 
 だが、彼女は医師の質問に首を横に振るばかりで、ほとんど声を発しなかったのだ。 
 司が最初の第一声を確認しなかったら、記憶喪失よりも失語症の方を疑われただろうし、そうであってもおかしくはない状態と事情だった。
 …こいつは、たしかに憶えていない。何もわからないと言っていた。
 最初は事件前後の記憶が曖昧になっているのかと思っていたが、しかし、そうであるはずがなかった。
 もし、つくしが直近の記憶のみに障害が出ていたのなら、彼を見る彼女の目が普通であるはずがない。
 たしかに彼女は司を恐れていたが、しかし、それは他の人間に比べて特に…というわけではなく、それどころかむしろ、彼女が目覚めて最初に見たのか司だったからなのか、彼への恐れや怯えは幾分か他の人間に対するものよりかは落ち着いてきているように思えた。 
 鳥のヒナは最初に目にしたものを親だと思い込むという。
 インプリンティング―――刷り込み。
 よもや人間である彼女を鳥のヒナと一緒にすることなどできないが、それでも今の彼女を見ているとそうなのではないかと思わずにはいられない。
 つくしは再び視線を落とし、手に持ったままのペットボトルを睨むばかりで、司の質問にも答えようとしない…いや、できないでいる彼女の横顔を眺め、司が大きく長く息を吐き出した。
 「……ハァ」
 それはけっして呆れを含んだものでも、怒りや憤りを堪えるためのため息でもなかった。
 ただ自分の気持ちを落ち着けるためだけのもの。
 「お前の名前は牧野つくし。……英徳学園高等部の2年だ」
 先ほども医師の前でした説明だった。
 しかし、つくしは否定もしないが、肯定することもなく辛そうにただ唇を噛み締め、泣きそうな顔で俯いてしまう。
 「……昨夜、俺とXmasパーティに参加した。憶えているか?」
 ブンブンっと首を横に振る。
 「自分の名前も思い出せない?」




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※掻爬(そうは)手術…子宮内の内容物を完全に取り去る手術。流産などで胎児や胎盤が子宮内に残っている場合、行なう必要がある。
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