「愛してる、そばにいて」
第8章 明日に咲く花⑥

愛してる、そばにいて0765

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 「離婚……されるつもりだったんですか?」
 目を見開き、呆然と呟くつくしへとチラリと視線をくれて、けれど、自嘲するように視線を伏せた静は、何を今思っているのだろうか。
 「それなら、なぜ?」
 なぜ、類にウソを吐き、彼と別れる必要があったのか。
 闇を彷徨った彼の数年間は、いったいなんだったというのだろう。
 「でも、それはあくまでも私だけの心づもりであって、主人の……夫の気持ちを斟酌したものではなかったの。そうである以上、いくら私が望んだにしても、ことは簡単にはいかないわ」
 弁護士である静が言うのだ。
 その彼女がいう以上、容易ではない話だったのだろう。
 それにしても…。
 「でも、ご主人にも他に好きな人がいらしたんですよね?」
 「……ええ」
 「その、宗教上の理由とか、そういうことで、ご主人は離婚に応じてくださらなかったんですか?」
 つくしの問いかけに、怪訝に眉根を寄せ静が小首を傾げた。
 「私と主人がカトリックだということを?」
 「え?」
 「藤堂家が代々熱心なカトリックだということは、世間でも知られていることかもしれないけど、主人のことは類から?」
 「あ……ええ、まあ」
 実際のニュースソースは類の父からだったが、第三者の存在を匂わせるのは気が引けて、つい曖昧な返事で誤魔化してしまう。
 「そう。偶然、というわけではなかったけれど、主人の一族も熱心なカトリックで、日本以上に厳格なところがあるわ。でも、それだけじゃないの」
 「それは……?」
 「おそらく牧野さんもヨーロッパに住んでいらしたことあるのだから、実際に現地のカトリック教徒に接する機会も多かったと思うけど、今は昔ほどに戒律に縛られているわけではないわ。離婚や再婚に関してもかなり融通も利くし、抜け道と言ってしまっては言葉が悪いけれど、場合によっては神父に相談して、なんとか教義に触れないように指導してもらえることもあるのよ」
 近年、離婚問題ではないが、ローマ法王庁自体が、再婚するための結婚無効手続きを簡略化する動きがあるなど、教義自体も近代化しつつある。
 また信教を別にすれば、あくまでも法律的には離婚はなんら咎められるものではない。
 「主人の現在のパートナーが同性なの」
 「え?ど、同性って」
 「ゲイ……違うわね。元々バイだったようだけれど、私との関係が不味くなって以来、ずっと同じ男性と付き合っているわ」
 性的嗜好は個人の自由だ。
 しかし、
 「同性愛者だからといって、社会的地位を剥奪されるということはないけれど、それでもまだまだ偏見も根強いわ」
 世間では同性結婚も取り沙汰されて、フランスなどの国々ではいち早くそうした制度が取り入れられたイメージがあるが、実際にはそうではない。
 半世紀も前ではない頃には、同性愛者を犯罪者とする法律さえもあったのだ。
 つい最近でも、パリでは同性婚反対派による大規模なデモが発生し、警察隊と衝突、逮捕者も出た。
 ましてや、静の夫はカトリック…しかも、既婚者だ。
 「現在、私たちの……夫の事務所は、8割方熱心なカトリック教徒をメインの顧客としているの。主人の実家の繋がりからね」
 「それって」
 「ええ、何があっても主人は私と離婚するわけにはいかないわ。主人の実家も薄々そんな事情を察して、全面的に主人をバックアップしている」
 たしか静の夫は、ヨーロッパの法曹界でも著名な一族ではなかっただろうか。
 おそらく、一族中の一人の不名誉が一族全体の不名誉となり、その醜聞を覆い隠すためにならば、一丸となって立ち塞がってくるに違いない。
 いくら静が弁護士であっても、百戦錬磨の弁護士軍団をバックにした夫に、立ち向かい勝利することなど容易なことのはずがなかった。
 「妻子は何よりも、異性愛者であることの証明になるわ。たとえ、私に非があるにしても、離婚することでのデメリットは計り知れない」
 「でも、杏樹のことは?」
 静が娘の名前に顔を上げ、複雑な笑みを浮かべた。
 「たとえば、本当にたとえばなのだけれど、仮に杏樹が主人の子ではなかったとしても、同じことなの」
 「同じこと?」
 「ええ。あの人はけっして杏樹の親権を手放さないし、……自分が杏樹の父親ではないとは認めない。おそらくDNA鑑定にすら応じないでしょう」
 「そんな」
 「愛情からではないけれど、あの人にとって杏樹も、妻である私と同様に必要なピースなのよ」
 愛情からではなく、という言葉に、つくしの胸に暗澹たるものが広がった。
 必ずしも、子供が父親に愛される環境下に生まれるとは限らないことは、つくしだとて承知している。
 しかし、少なくても司は戒を愛していたし、隼斗もまた、陽太をこの上なく愛し大切にしていた。
 それならば、杏樹は?
 おそらく類の子であり、二人の父親を持つ少女は、遺伝子上の父親ばかりではなく、戸籍上の父親からも我が子への愛情をかけられることなく育ったというのか。
 「今現在は、けっして離婚に応じるものではない……私の病を理由として、限定的に、私とともに杏樹も日本に来ることを許されているけれど、もし私がその誓約を破ることがあれば、主人の一族は裁判に訴えてでも、私から杏樹の親権や監護権を剥奪しようとするでしょうし、藤堂商事にも圧力をかけることでしょう」
 「藤堂商事に。静さんのご実家のご両親は?」
 「20才の時に勘当されて、そのままよ。さすがに病気のことには母が味方になってくれて、最低限資金援助をしてもらっているけれど、父としては体面もあるから、私たちの存在は公にはしたくないでしょうね。もちろん、主人の実家との兼ね合いもある」
 だから、味方ではないということなのか。 
 静の現在の暮らしぶりや、苦悩、その横顔に滲む苦労は、そうしたことの心労から来るものなのかと、つくしにも察せられた。
 フランスや日本は現在ハーグ条約に加盟している。
 ハーグ条約とは、子供の利益を守る為の条約であり、16歳未満の子供が無断で片方の親に国境を越えて連れ去された場合、原則として子供を元の居住国へ返還するというものだ。
 つまり、フランスで生まれた子供を日本に連れ帰ることは、容易ではないということなのだ。
 逆もしかりではあるのだが。
 杏樹の場合、母である静と共に日本に来ることは、夫の同意を受けているようだが、それでも場合によってはこの条約に抵触するとして、杏樹だけフランスに返還されることにもなりかねず、杏樹が16歳になるまで静は、夫に無断で勝手なことはできないことも意味している。
 …桜子が言っていたのはこのことなんだ。
 そして、おそらく類の父親もまた、こうした現状をかなり正確に把握しているのは間違いなかった。
 だが、それならばなぜ、類と別れる必要まであったのだろう。
 たしかに夫と離婚することも、類と再婚することも容易ではなかったかもしれないが、杏樹を夫の子として夫の一族に連ねてしまうよりは、遥かにマシなことだったのではないだろうか。
 …類なら、それを忌避するような人じゃない。
 どんなに困難なことであろうと、静や杏樹を見捨てて逃げるような男ではないはずだ。
 むしろ喜んで困難に立ち向かい、二人を勝ち取ろうとしただろう。
 そして、それを静こそが、誰よりもわかっていたはずなのに。
 …不倫がいいとはけっして思わないけど、でも、旦那さんも他に好きな人がいて不倫していたのなら。
 「類なら、たとえ……静さんの夫と呼ばれなくても、静さんさえ自分を選んでくれれば、いくらでも待てたと思いますし、静さんと杏樹の支えになろうと努力したと思います」
 「そうね。私も、そう思うわ」
 同意されたことが、腹ただしいのはなぜなのだろう。
 「なら、どうしてっ!」
 かつては女神のように思い、そして、おそらく今もそれほど認識に変化はなかっただろう。
 昔だったら引け目に感じることはあっても、けっして静に対して腹立たしいなどと僭越なことなど、つくしは思うことすらできなかっただろうに、なのに…。
 「どうして類を傷つけてまで、彼を振り捨てる必要があったんです!?」
 先ほど問いかけた問を再び、静へとブツけずにはいられなかった。
 ―――あいつが俺を選んでくれたことは、結局、一度もなかった。
 類の虚ろな声音が耳元に蘇って、つくしの目尻に悔し涙がこみ上げる。
 「類を選んで彼と結婚するということは、いずれ花沢をも背負うことであり、私が藤堂を捨てた意味がなくなってしまう。家を捨ててまで、選んだ道を、……自分のそれまでの人生を、全否定することだったからよ」




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