「愛してる、そばにいて」
第8章 明日に咲く花⑥

愛してる、そばにいて0764

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 「類を私に譲って、あなたは身を引く、そういうつもりなのかしら?」
 「それは」
 そこまで考えていたわけではなかった。
 まさか静がそこまで踏み込んで、尋ねてくるとは思わなかったということもある。
 だが、それならばなんだというのだろう。
 桜子に忠告されていながら、過去の幻影を掘り起こすがごとく、こんなところにまで押しかけ、娘と二人ひっそりと生きる静を煩わせている。
 それでも―――。
 「それは……」
 「……杏樹は類の子ではないわ」
 「え?」
 「それをあなたは聞きたかったのではなくて?」
 見透かされていた。
 それも当たり前だっただろう。
 ただでさえ腹芸が苦手なつくしだ。
 百戦錬磨の静を相手に、隠し事をすることも、また駆け引きをすることもできるはずがない。
 だが、それでも聞かずにはいられなかったのだ。
 あの写真が―――類が、大切に隠し持っていた静と杏樹の写真が、つくしに愚かだとわかっていて、静に確認せずにはいられなかった。
 「どうして、そんなウソをついたんです?」
 「………………」
 「類に。きっと、あなたはわかっていて、彼にウソをついて、そして、今もまた私にウソをついている」
 つくしの確信に満ちた真っ直ぐな目に、静がスィッと視線を反らし、レースのカーテンから覗く外の景色を眺めた。
 いや、その目に映っていたのは、窓の向こう側の景色などではなく、……遠い過去の日のことだったのかもしれない。
 「どうして、人は変わってしまうのかしらね。夫も類も、……そして私も」
 小さくついた吐息は、なんのためだったのか。
 あるいは、自身のこれまでの軌跡を振り返った後悔だったのかもしれないと、つくしに思わせるほど静の美しい横顔は寂しげだった。
 「人は変われる生き物だからこそ成長するのだし、迷うからこそ、やり直すこともできる生き物なんだと、ある人から教わりました」
 それは司を育てた老婆の言葉。
 彼を愛して、彼を思いやり、彼の行くすえを案じていながら、つくしにも自分の幸せを諦めてはいけないのだと言ってくれた人。
 「そうね。きっとそうなのだと思うわ。でも、私はダメ」
 変化を求めて、自ら籠の鳥でいることを良しとせず、生まれ持った家やステータスさえも投げ打って、一人飛び出した女性がそんなことを言う。
 「夢見がちでいることと、現実にぶつかって立ち向かうということでは全然違うのだと、あの頃の私には分からなかった。そう、世間知らずだったのね。すべては光に満ちている。自分の向かう先には栄光以外のものは何一つないと、きっと、そんなふうに思っていたんだわ。傲慢な女だったのよ、私という女は」
 「静さん」
 「そして、夫もまた、その変化や苦境に耐えられるほどには強くはない人だった。……少なくても、自己評価ほどにはね」
 静の口から初めて語られる‘夫’である人。
 ついぞ類が敵わなかった男性。
 「夫と出会ったのは、フランスで最初に勤めた法律事務所でだったの」
 「それって」
 「類から聞いているかしら?私が20才の頃から、つい最近まで、ずっとフランスで過ごしていて、あちらで弁護士になったことを?」
 「はい」
 「もしかして、誕生日パーティでの騒ぎのことも?」
 静の聞いているのは、遥か昔、彼女が貧しい人たちを弁護する国選弁護士になるのだと言って、親から勘当された一件のことだろうと見当をつけて頷く。
 「えっと、たぶん美作さんか、西門さんからでしたけど聞いてます」
 「そう」
 前回会った時に、そのパーティへの欠席を謝罪したことは記憶に新しい。
 ずいぶん昔のことだが、静にとっても忘れがたい出来事だっただろうーーーつくしとは違う意味で。
 つくしも当時は他人のことどころではなくて、それでも当時、類の悲嘆を人知れず心配していたことが思い出される。
 …我ながらどれだけ、っていうか。
 それでもその後は、心身ともに衰弱が激しく、静や類のその後のことだけでなく、もっと近しい人たちのことにも気を配れるほどの余力はくなってしまっていたが。
 「あの頃は、牧野さんもいろいろと大変だったんでしょ?」
 「え?」
 「司に振り回されたんじゃなくって?昔からあの子、……もうあの子だなんて失礼だわね。彼はこうと自分が思ったら引かないところがあって、人の意見も聞かないから、かなり強引なこともあったのじゃない?」
 静の言う言葉の意味に、どう反応すれば良いのか困惑して、返事をしかねているつくしに対し、静の方は特にこだわりなく話している。
 よもやF4でさえ、完全には把握していなかった当時の2人の事情を、直接、司やつくしに関わりのなかった静が察していたとは思えないが。
 「私たちもよく、司のお家に遊びに行ったものだけれど、まだ、当時それほど親しくは見えなかった牧野さんを、学校の先輩後輩とはいえ、お家に泊まらせていただなんて聞いて驚いたわ」
 「ああ」
 つくしの記憶では、当初インフルエンザだかなんだかと適当な理由をつけて、司が自分の屋敷につくしを連れ込んで軟禁していたのを誤魔化していたはずだ。
 当時は、それでまかり通ってしまうことを奇異に感じていたが、今ならそうしたことが、あの家ではそれほどおかしいことではないことがわかっていた。
 同じ家族であってさえ、互いがそうしようと思わなければ家にいることすら分からないのと同様、互いの客が滞在していることも、互いに知らないことも普通なくらいに広大な屋敷だったのだ。
 司の友人たちが何泊もすることがあったようだし、会社関係の客が宿泊することもあっただろう。
 たとえ司と同年代の女性が屋敷に宿泊することがあっても、彼とはまったく顔を合わせない事情での滞在もあっただろうし、必ずしもそうしたことも珍しいことでなかった。
 もちろんそれだけが理由ではなく、当時は、司は未成年だったのだから、彼の身近な使用人の誰か、おそらく当時屋敷を取り仕切っていた家令かなにかが、司の意を受けて適当に処理していたのに違いない。
 だからこそ、長く司の保護者たちがつくしの存在にーーーいや、その事情に気がつかなかったのだろう。
 …まったくとんでもない家だわよね。
 それだけの富と権力を持ち、また、どんな無法もまかり通る家であり、通すことのできる人間たち。
 「いろいろあって……当時、修行の為に親の経営する事務所ではなく、まったく別の事務所に勤めていた主人と、大学に通いながらそこで秘書のアルバイトをしていた私は出会ったの。バイタリティに溢れていて、けっして自分の実家を頼らず、自分の力で未来を切り開いている……開こうとしているように見えた。そんな主人は魅了的だったわ。だからこそ惹かれた。私と似たような考えを持った人、同じように未来を思い描いて邁進している同志、そんな風に思ったのかしら。買い被っていたのね」
 「ご主人をですか?」
 「そう。……そして、自分を」
 自分を卑下するような言葉を吐く静の言葉に、つくしが大きく目を見開き静の横顔を凝視する。
 「一度は、二人で独立して事務所を設立しもした。夢の通り、毎日あくせく働いて、思い描く未来の為に頑張っていた。充実していたわ。でも、どこかできっとボタンをかけ違えたのよ。忙しくなればなるほど、仕事が順調に行けば行くほど、主人との仲が冷えて遠くなって行ったの」
 巷でもよくある話だ。
 女性の社会進出に伴う、パートナーとのすれ違いと苦悩。
 「離婚訴訟を起こすクライアントが申し立てる離婚事由そのままのことを、自分たちも経験することになるなんてね。理想に燃えていた時には気にならなかったあれこれが、次第に気になり出して、すべてが悪循環へと陥っていった」
 その一つが、静の不妊だったのだという。
 つくしにとっても身に覚えのあることだったが、子供の問題は、夫婦二人の間のみならず、それぞれに連なる一族すべてからの軋轢にも繋がりかねない問題で、たとえ夫婦が納得していても、周囲からのプレッシャーで夫婦自体がダメになることも珍しくはない話だ。
 「そんな時に、類に再会したの」
 そこら辺のことは、つくしも類から聞いていた。
 そして、その再会がどうした結果になったかも。
 「類は私の弟のような子から、一人の男性に変わっていた。数年会わなかっただけで、まるで違う男性に成長していたわ。そして裏腹に、主人と私の間は……覆水盆に返らず、もう彼との間は修復不可能になっていた。でも、それがわかっていても、私たちは続けることしかできなかったの。私たちの宗教観だけではなく、周囲もそれを許してくれる状況ではなかったのよ」
 「離婚できなかったんですね?」
 静はカトリックだ。
 そして、彼女の夫もまた、厳格なカトリック一族の出身者だと類の父親から聞かされていた。
 しかし、それはあくまでも宗教的教義の話で、法律的に拘束できるものではなかったから、宗教的罰則を受け入れる覚悟さえあればできない話ではなかったのだ。
 それをわかっていない静ではもちろんないだろう。
 だからこそ、静が自分ではなく夫を選んだ時、類がその彼女の意志を受け入れ、納得できてはいなくても身を引いたのだ。
 「離婚するつもりだった」
 「……え?」
 「私が類と逢瀬を重ねていたように、当時、主人にも私ではない別の人がいたのだから。神と親しい人たちを欺き続けるくらいならば、たとえ教義に逆らうことになってしまっても、主人と別れて、自分に正直に生きたい、そう思ったの」




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