「愛してる、そばにいて」
第8章 明日に咲く花⑥

愛してる、そばにいて0763

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 「え?すみま……いえ。そうですね、そう言えば」
 指摘されて、そう言えばと自覚する。
 けれど、それも仕方がなかっただろう。
 静とは、類を通じて顔見知り程度、数ヶ月前にも顔を合わせているとはいえ、お互いの近況はその時に語り尽くしてしまい、いざこうして顔を突き合わせていても、他に話題などあるはずもない。
 いや、違った。
 話したいことがあると言って、定期検診に訪れた彼女を病院で待ち伏せ、こうしてその彼女の住まいに押しかけたのはつくしの方なのだ。
 「杏樹は今、個別塾の方に行っているわ」
 「塾……ですか?」
 「ええ。あの子、学校に行っていないでしょ?」
 「……ああ」
 「本当は学校に通わせた方がいいのだとはわかっているのだけれど、私も入退院を繰り返している状況で、日本の学校に馴染めないあの子をフォローしてあげられていないの。それなのに、イヤだというのを無理に通わせる気にはなれなくて」
 「わかります」
 普通の親だったら必ずしも理解できなかっただろうが、つくしも戒という息子を持ち、かつて同じような悩みを抱いていたから、容易に共感できた。
 互いに置かれている状況が違うのだから、そこには他にもさまざまな苦悩があって、一概に同じ環境とは言えなかっただろうが、それでも我が子を想う心は同じものだ。
 「学力的にも進んでいることもあって、……低学年のうちは目を瞑ろうって、好きにさせてしまっているから、その分の教育をね。家庭教師の方が効率はいいんでしょうけど、同年代の子供たちとの接触が皆無なのも、という思いもあってね。せめて、すれ違うくらいはするだろう学習塾に通わせてるのよ」
 「なるほど」
 子供はどこから繋がりを得るかわからない。
 学校では上手くやれない子供も、あるいは別の環境では友達を作れることもある。
 「さっき病院で私と一緒にいたのは、私が子供の頃にお世話になったばぁやなの」
 「あ、そうなんですか?」
 「ええ。昔から代々この辺に住んでいて、それもあってここに越してきたのだけれど、屋敷を辞した今も、雇用関係を超えて、何くれとなく私たち親子に良くしてくれているわ」
 「………ええ」
 それはせめてものことだったか。
 彼女の暮らしぶりや杏樹の話からしても、静と彼女の実家の関係はかなり冷え切って疎遠のようだったから、少しでも頼れる人間がいるのは心強いことだっただろう。
 「ばぁやの娘が、私の幼馴染みにあたるのだけれど、彼女もこの辺で家庭を持っていて、私が入院している時や都合がつかない時には、なにかとハウスキーパーとして家のことを見てくれたり、杏樹の世話をお願いしたりしてるの」
 「そうですか」
 おそらく杏樹が言っていた家政婦というのは、この静の幼馴染みだという女性のことなのに違いない。
 「………………」
 「………………」
 沈黙が広がった。
 聞きたいことがあるはずなのに、切り出せない。
 いや、この期に及んで、自分がまだ、彼女に何を聞きたくてここに来たのか、つくしの中でまとまっていなかった。
 「それで?」
 「はい?」 
 「牧野さんが聞きたいのは、私の今現在の暮らしぶり、……それだけなのかしら?」
 つくしがハッと静の顔を見返す。
 あくまでも柔らかな笑みを浮かべる彼女の感情が見えない。
 思えば、いつでも彼女は優しく高潔な淑女だったけれど、彼女の生の感情を、つくしは見たことがなかったのだと今更ながらに気がつかされる。
 それは、静とはまだそれほど親しくはなかったこともあっただろうけれど、感情的になる静など、つくしには想像もできなかった。
 …そうだ。類が、花沢類が、あれほど激昂して、静さんに自分を見てくれと迫った時ですら、この人は冷静だった。
 遠い高校生の日。
 あれは、熱海に現れた司のクルーザーの船上でのことだったか。
 なにかと類がつくしを司から庇ってくれたことで、彼がつくしを好きなのではないかと静が言って、静を好きな類が暴発し、彼女の冷静さを詰ったことを思い出す。
 15年以上も昔の出来事だというのに、そんなことをよく憶えていた自分がつくしは驚きだった。
 …類のことだったから。
 あるいは、一度は途切れて唐突に繋がってしまった記憶の回路が、そんな一幕をつい昨日のように思い出させるのかもしれない。
 「牧野さんが聞きたいのは、本当は、もっと別のことなのではないのかしら?」
 「静さん」
 「不思議な縁ね。……もしかしたら、これをこそ運命というのかもしれない。リアリストな自覚のある私でさえ、あなたたちを見ていると、そう思ったりもしたわ」
 ポツリポツリと語りだす彼女の口調は、どこまでも平坦で、つくしにどこかの誰かを思い出させる。
 …誰?
 良家の子女に生まれて、高くあれと望まれて、常に誰よりも優れて輝いて見せなければならなかった令嬢に、重なる誰かがふいに脳裏に思い浮かんで、つくしが目を見開く。
 …お義母様。
 かつて、つくしを蛇蝎のごとく嫌い疎み、息子から排除しようとして、……後に、彼女に手を貸し見事本懐を遂げた女性。
 道明寺楓の姿が静に被って、つくしが緩く首を横に振る。
 …そんな馬鹿なこと、あるはずがないわ。
 「日本に来たのはけっして、あの人、……類に会うためなどではなかったけれど、よもやこんなところで、類とあなたが、一緒にいるところに出会ってしまうなんて、なおさらのこと思いも寄らなかった」
 わずかに軋んで掠れた声音に、宿った苦痛に気がついたのは、同じ男性を愛した女同士だったからなのか。
 高校生の頃にはわからなかった。
 類が静に恋焦がれていたことは手に取るようにわかったのに、静が類を実際にはどう思っていたのか、ついぞ気にしたことさえなかったことに、つくしは気がついた。
 ただお似合いだと、それだけで―――。
 恋は一人ではできないのだというのに。
 「静さんにとって、彼は、……類はいったいなんだったんですか?一度は彼を受け入れながら、どうしてあんなふうにあなたを求めて、壊れそうに恋焦がれていた彼を見捨てることができたんです?」
 つくしが静に問いかけるべき問ではないとわかっていた。
 それができるのは、当事者の類以外にはいないのがわかっていたのに、それでも問いかけずにはいられなかった。
 「見捨てる、そうね。あの人にとっては、そうだったんでしょうね」
 「はぐらかさないでください」
 「はぐらしているつもりはないのだけれど、ただあまりに、あなたの質問が私の予想とは反していて、意外だったものだから」
 怪訝につくしが、静の顔を見返す。
 自嘲に満ちた静の顔は、らしくはなかったけれど、それでも彼女がこれまでの人生を、そうして乗り越えてきたことは想像に難くないほどに、虚ろな眼差し―――類と同じように。
 「類は、私にとってなんなのか。……そうね、一言で言い表すのはとても難しいわ」
 「……………」
 「かつては、幼馴染みの男の子。弟のように思っていた子であり、お人形遊びの王子様のように思っていたこともあったかもしれない」
 わずかに目を瞠ったつくしに、静が小首を傾げて問い返す。
 「意外?」
 「いえ、わかる気がします」
 おそらく女の子ならば、可愛い年下の子をそんなふうに愛でて可愛がった経験が、一度や二度、あってもおかしくはなかった。
 たしかにある意味女神のように、静を超越した存在のように憧れ羨んでいたことのあるつくしにしてみれば、意外と言えば意外だったけれど、それでも今では彼女がそんな女神のような存在ではなく、彼女もまた、一人の弱さと哀しみを抱えた一人の女性にすぎないことはわかっていたから。
 「かつては、そうだったとおっしゃるのなら、今は違うということですか?」
 「……………今は」
 静が手元の紅茶のカップを手に取り、一口紅茶を口に含む。
 「恋人」
 「っ!」
 息を飲むつくしに、静がクスリと笑った。
 嘲りは含まれてはいなかったけれど、それでも、今度の笑みは不可思議な色を帯びて、これまでの笑みのように自嘲的ではなかった。
 「恋人であり、すべてだった。そう、言ったら、あなたはどうするつもりなの?牧野さん」




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