「愛してる、そばにいて」
第8章 明日に咲く花⑥

愛してる、そばにいて0754

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 トントン。
 ノックの音に気がついていなかったわけではなかった。
 しかし、無視をしていれば、使用人は司の意を汲んで、よほどの要件でもなければそれ以上、彼の時間を邪魔することはない。
 そして、今この屋敷に、……というべきか、彼の周囲に彼の意思を蔑ろにできる人間がいるはずもない。
 が、
 ガチッ……、キィ~。
 「……司?」
 「フゥ―――またお前か」
 一人だけ、そんな彼の意思を無視して、あえて慮ることをしない人間がいた。
 「出ていけ」
 「えっと、いや、その、人払いしてるのは知ってたんだけどさ」
 「………………」
 顔を向けることさえせず、ソファに腰掛けたまま、俯き加減にスコッチの入ったグラスを睨んでいる司の横顔を、滋がジッと見ていた。
 「またお酒飲んでるんだ?前々から、会食以外で食事してるところなんて滅多に見たことなかったけど、……ここ数日は、その会食もないからロクに食事していないんだって?」
 出て行けと言ったにも関わらず、滋は司の部屋の中へと入り込み、彼が座るソファの対面側のソファへと勝手に腰を下ろしてしまう。
 ギロッと睨めばわずかにたじろぐものの、誰もが恐れる司の視線にさえ怖じけることなく、わずかに視線を反らす程度で、部屋を出るどころかソファから立ち上がる気配さえ見せない。
 「………………」
 眉根を寄せ顔を顰めた司が、並べてあった別のグラスに酒を注ぎ、氷を入れることなく一気に1/3ほどを飲み干した。
 「またそんな無茶な飲み方して、ツマミくらい持ってこさせなよ」
 しばらくそんな司をただ眺めていた滋だったが、おもむろにヌッと司の前に置きっぱなしにしてあった、水割りと化したスコッチのロックグラスを手に取って、ぐぃっと煽った。
 「うへぇ~、すごい度数高っ。こんなもんストレートでガバガバ飲んでるわけ?よくあんたこんな飲み方してて、体壊さないわね。……っていうか、もうすでにどっか壊していそうな気もしないでもないけどね」
 ジロジロと司の顔やバスローブ姿の身体を眺め回して、そんなことを呟いている。
 実際、定期的に行っている健康観察では、毎回医者から生活習慣の改善を指示されていた。
 さすがに体を壊して倒れた一時期のようには、司も度を越して酒を飲むことはなかったし、それなりに体調管理にも勤めている。
 先進国での嫌煙傾向もあって、タバコの本数は、結局つくしとの結婚生活時代とそう変わらない程度にまで落ち着いてもいた。
 また、ドラッグだけはさすがに自分の立場への責任と自覚から、どんなに気持ちが落ちていても手を出したことはない。
 女―――は、彼にとって最初から考慮外。
 身体の不備がなくても、手を出したいと思ったことすらない。
 今のところ慢性的な胃炎や潰瘍に悩まされるくらいで、重篤な病症を発見されてはいなかったし、かなり無茶な生活習慣にも関わらず肝臓だけは丈夫だったが、それでも常に過労死の危険とは隣り合わせな状態だった。
 どちらかといえば彼の場合、肉体の酷使よりも、精神の慢性的な疲労と飢餓、孤独感や虚無が彼をカラダからではなく、精神から蝕んでいたのに違いない。
 …別に死にたいわけじゃない。
 ただ渇いて飢えて……、それなのに、物質的なモノではそれらを満たすことができないから、無駄な労力を使う気力が湧かないだけ。
 「ね、戒君のママってどんな人?」
 唐突な滋の質問―――、それも微かな囁きにも似た小さな声音での質問に、司が初めて彼女に反応を示して、チロリと彼女を振り返る。
 その些細な反応に気がついたのだろう。
 滋の顔がわずかに複雑そうに歪んで、だが、すぐに気を取り直したようになおも話かけてくる。
 「司はさ。本当に戒君のことを大事に思って可愛がってるよね?……反抗期っていうか、そこが子育ての難しさなのか、そんな司の気持ちが戒君に通じているとは言えないみたいだけど、それでも外から見てるとそれがよくわかるよ。まあ、あんたの場合、立場があるから余計にじっくり戒君に愛情を伝えたり、話をする時間がないのが大きいんだろうけどさ」
 「ふっ」
 何を言い出すのやら。
 思わず、司は失笑した。
 滋と個人的な話をするつもりも馴れ合うつもりも彼にはないというのに、この女はいったい何をどうしたいのか、度々こうしてゴリ押しに、彼のテリトリーにわけいり踏み入ろうとするのだ。
 もちろん、彼がそれを排除しようとすればどうとでもできた。
 実際に、そうすることもある。
 しかし、そうした手間暇さえも惜しんで、勝手にしろと放置することもあったのは彼の無気力ゆえだ。
 なにもかもが、それこそ誰が目の前で何をして何を話していても、まるで無声映画を遠くから眺めているかのように、彼には何も聞こえない。
 そこに人が生きて話していていることさえ現実味が失せて、遠い世界の出来事のように感じてしまうことすらあった。
 それでも徐々に彼から引き出せた反応に、滋の顔に小さな笑みが浮かんだ。
 たとえ自分の言動に某かの興味が引けたわけではなくても、機械仕掛けのマリオネットのような男と話しているよりは、そこに少しでも反応があった方が嬉しいのは当たり前のことだ。
 「女はさ、自分がお腹を痛めた子だっていうだけで、ある意味、無条件に我が子を愛せる生き物なんだよね。もちろん、例外の人もいるだろうけど。でも、男の人はどうなの?やっぱり誰が産んだ子供でも、我が子ってだけで愛せたり大切にできるものなのかな?」
 司に一般論は当てはまらない。
 誰しもが千差万別で、一様なモノなど何一つないが、もし我が子であるというだけで子供を愛せるというのなら、司は遥香が産んだ佑都も愛することができただろうし、あるいは戒にだけーーーつくしの産んだ息子にだけ固執することはなかったかもしれない。
 そもそも偏狭につくしだけを愛するのではなく、他の女をも愛せる男であったかもしれなかった。
 そうしたいと望んでさえいなかったけれど。
 「サブールはさ、私を大河原の娘としてではなく、一人の人間、一人の女としてみてくれた初めての人だったんだよね」
 司が答えないからか、滋が話すともなくチビチビと酒を口に含みながら、独り言のように自分のことを話し出す。
 「彼に出会った時、よく言う物語みたいにビビッときたとか、この人が運命の人だとか思ったわけじゃないんだよね。温厚で穏やかな人だったくせに、けっこう耳に痛いことも平気で言ってきたりして、何この人、凄くムカつくとか思ったのが最初だったかなぁ」
 聞くともなく、そんな滋の思い出話を耳に、司もまた過去へ思いを馳せる。
 つくしと出会った時、彼もまた彼女への腹立たしさを覚えただけで、彼女をけっしてそんな特別な女だと感じたわけではなかった。
 …ド庶民のくせに、この俺に生意気な口をきくチンクシャ女とか思ったっけか。
 チンクシャとは言っても、その顔の造作にさえそれほど関心を寄せたわけではなく、誰も彼もが彼にしてみれば、それほど容姿的に感じ入るような人間がいたわけではなかったから、単なるいつもの侮蔑を含んだ悪態でしかなかったのだ。
 「いつの間に好きになってたのかなぁ」
 いつから、……本当にいつからだったのだろう。
 それこそ気が付けば、彼女を見ずにはいられなかった。
 いつも彼女を探して、彼女を見かければバカな嫌がらせをして、彼女の関心を得たくて、……ただそれだけで幸せだった。
 そうだ。
 きっとあれをこそ、彼が生まれて初めて感じた幸せだったに違いない。
 …お前に逢いたかった。ただお前に逢って、お前に見てもらいたかった。
 見て見つめられ、話しかけられて笑いかけられたかった。
 好かれたかった。
 愛されたかった。
 ―――ただ、それだけだったのに。




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