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「愛してる、そばにいて」
第7章 光と影④

愛してる、そばにいて589

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 ―――世田谷のお屋敷。
 女は、どこの誰のとは言わなかったが、あえて『世田谷の…』と分けて言うからには、当然道明寺邸のことだろう。
 そして、ふいに女の平凡な顔に、過去の記憶の中の若い頃の女の顔が重なり、つくしは「あっ」と声を上げた。
 「小川さん?…小川さんですよね」
 しかし、逆につくしが名前を言い当てたことに、小川の方が驚きを顕に目を見開いた。
 「……懐かしい」
 実をいえば、つくしはこの小川と最後に会った時のことをまるで覚えていない。
 気が付けば、いなくなっていた。
 いや、違った。
 気が付けば嵐に巻き込まれるようにして、つくしの方が司によって、NYへと連れ去られていたのだ。
 ―――自分がいったい誰なのか、どうして何一つ過去を憶えていないのか、わからないままに。
 「私のことを、…おわかりになるのですか?」
 その言葉で、小川がつくしの記憶喪失を知っていたことに気がつかされる。
 「ええ…はい。その節はお世話になりました」
 なんと言っていいのかわからないが、しかし、あの辛い日々の中、ささやかではあっても、小川が彼女の支えの一つでもあったことは確かなことなのだ。
 たとえあの屋敷から、…司から、逃れることに尽力してはくれなかったのだとしても。
 …小川さんは優しくしてくれた。
 つくしへとわずかな希望を与え、生きる縁を与えてくれていたのだ。
 結局は、彼女が記憶を失ってしまうまで、楓と会うことは叶わなかったのだから、その希望も見果てぬ夢と消えてしまったのだけれど。 
 



*****




 場所を移して、病院の近くの喫茶店で、つくしは小川と向かい合って座っていた。
 彼女に会いたかったとは言えない。
 それでも、久方ぶりに顔を合わせれば、なんとも懐かしく、複雑な想いはあっても彼女には感謝の念しかなかった。
 「牧野様が司坊ちゃんと一緒にNYに旅立たれてから、お屋敷内の使用人たちも一新されることになって、私はメイプル勤務の方を斡旋されたのですけれど、まだ学生の子供がいましたし、激務なだけではなく、住み込みではないメイプルの方で勤務することはとても無理だと、実家のある田舎の方へ戻ったんです」
 「そうだったんですか」
 意外にも、小川は記憶喪失直後のつくしを知っていた。
 というよりも、階段から転落して、大怪我はなかったものの、流産の影響や記憶喪失他諸々のことで、一時期心身症に的な症状に陥ってしまって半ば床についていたつくしの世話を、ごく短い間、ホンの数日のことだったが小川が引き続き担当していたらしい。
 ただ、つくしが普通ではなかった。
 記憶が戻った現在も、階段から飛び降りたあたりの前後、NYで司と暮らし始めてしばらくまでの間のことはほとんど記憶になく、いまだにボンヤリとしたイメージしか残っていない。
 ただ怖かった。
 ただ辛かった。
 自分を含めた全てが恐ろしく、何もかもが泡沫の夢の如く淡く儚く…現実味がなく、今そこにいる自分自身さえも、誰かの夢の中の産物なのではないかとすら思ったこともある。
 …実際に、すべては夢だった。
 司が紡いだ愛の夢―――真実を作り替えて。
 「娘が大きくなって、娘は大学進学を機にこちらで一人暮らしをしていたんですけれど、数年前、就職先で知り合った人と一緒になって、この春に一緒に暮らさないかと私も呼んでくれまして」
 「そうだったんですか」
 確か当時も、小川はシングルマザーとして苦労をしていた。
 その当時、小学生だった小川の娘が、もう子供もいる年齢なのだということに歳月を感じて、つくしがほろ苦く笑む。
 …そうだよね。
 つくしでさえも司との間に子を成して、彼らと別れ…気が付けば、15年という時が流れていることに愕然とせずにはいられなかった。
 「じゃあ、今はお仕事は?」
 「娘夫婦が共働きですから、私が家にいて、孫の世話をしています」
 「そうなんですね」
 沈黙が落ちた。
 「まさかこんなところで、牧野様にお会いすることがあるだなんて…」
 「…本当ですね」
 人の縁の妙を思う。
 「坂城さんは、どうされたんでしょう?」
 小川と共につくし付きだったメイド。
 小川とは異なり、つくしを毛嫌ってさえいるように感じたこともあったが、それも今は昔のことだ。
 坂城もまた気が付けば、屋敷勤めを辞めていて、きちんとした別れの言葉を交わした覚えがない。
 それでもたしか、つくしがまだ記憶喪失に陥る前のことだったようにも思う。
 …あれは。
 「シャッツ」
 「…………」
 まるで彼女が胸に思い浮かべた名前を読み取ったかのような小川の言葉に、またもいつもの癖が出てしまったのかとつくしは顔をあげた。
 けれど、手に持った紅茶のカップを両手で包んだ小川の顔は、自分の中の記憶に沈んでいるようで、つくしから某かを読み取ったわけではないらしい。
 「たしか、牧野様が飼われていたあの小さな犬は、そんな名前でしたよね?」
 「…ええ」
 「良かった。珍しい名前だったから、逆にちゃんと憶えていられたか不安で」
 意味を理解した今となっては、つくしにとって感慨深い名前だが、普通の人にとっては奇妙でしかない名だろう。
 「何度か、申し上げようと思っていたんです」
 「小川さん?」
 「誰が悪かったわけでもなかった。そうは思いつつ、でも、お伝えすることが本当にいいことなのか。自分のすることが正しくて正解なのかといつも迷ってばかりで……」
 小川は司がつくしへと成した悪行に対して、何もできない自分を疚しく感じ、罪悪感を抱いていたことは当時のつくしにもわかっていた。
 ただ、それを気遣う余裕が、彼女にはなかっただけで。
 誰かの気持ちを軽くするどころか、自分自身を保つことすら一杯一杯だったのだ。
 そして、破綻した。
 限界が来た。
 何度となく成された司の仕打ちに耐え切れなかった。
 彼に絆される度に裏切られ、あらたに与えられ続ける絶望に生きることすら諦めた。
 唯一いまだに彼を赦すことができないことがある。
 それは―――、
 「シャッツは、あの子は…司坊ちゃんが殺めたわけではないのです」
 
 

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