「愛してる、そばにいて」
第7章 光と影④
愛してる、そばにいて571
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「おや、牧野さんじゃないか」
「あ、菅原さん、こんにちは。今日はお見舞いですか」
「いや、実はね……」
顔馴染みの患者や患者の家族に帰り際声をかけられ、いつものように簡単な雑談を交わして、病院の駐車場へと向かう。
ソーシャルワーカーの中には極めて事務的な人間も多く、患者との関係もドライな場合も少なくない。
しかし、つくしの性分からだろうか。
相談室以外でも顔を見かけられれば、こうして個人的に声をよくかけられる。
それは患者に限らず、医師や看護師との間もそんな感じで、よほど相性が悪い相手でなければ、そんな人々との交流をつくし自身も好んでいた。
英徳時代を除けば、どこへ行っても彼女の周りには笑顔が溢れ、あのどうしても馴染めないと思っていた上流階級の人々の中にさえ、彼女を好いてくれる人がいて、彼女もまた慕わしく思える人たちがいたのだ。
世界中どこにでもどんなところでも、いろいろな人たちがいて、ただ生まれがどうだとか育ちがどうだとか、偏見や先入観だけで‘人’を嫌ったり、忌避してしまうのはもったいない。
…食わず嫌いは、人生の半分を損してるっていうものね。
そんな風に思う。
ブーブー、ブーブー。
ちょうど病院の裏手にある通用口を出たあたりで、バイブ設定にしていた携帯電話がスプリングコートのポケットの中で、さっきから震えているに気がついた。
ポケットから携帯電話を取り出し、画面に指先を乗せながら着信相手を確認して慌ててしまう。
「え…うそ。って、やば、切れちゃう」
大急いで通話をタップした。
「は、はいっ!」
『…先輩?お久しぶりです』
それは現在、ドイツにいるはずの桜子からの、久しぶりの電話だった。
*****
『はぁ~?いつの間にそんなことになってたんですか?牧野さんと離婚して、東京に戻ってらしたことは私も聞いていましたが…』
彼女の‘久しぶり’の挨拶どおり、桜子と直接会ったのは、もうかれこれすでに2年も前のことで、メールや電話での連絡ですらなんだかんだで一年近くのご無沙汰だ。
住所変更や仕事のことに関しては、大まかには連絡してあったのだが。
しかし、桜子は桜子で、祖母の病気や自身が起業・経営している会社のこともあり、多忙だったから、なおさらつくしにしても詳しい事情を連絡する機会がなかったのだ。
…ううん、それも言い訳かな。
類や総二郎と関わっていて今さらの話だが、あきらの婚約者である桜子に、類との関わりを知られることに抵抗感があったのかもしれない。
桜子が司に自分のことを言うはずがない。
そもそも伝わっているとしたら、総二郎経由からだろう。
ましてや司にしても、もはや彼女に対して何ら興味を持っているはずがなかった。
唯一二人の間に残った縁とも言える戒にしても、司とともにNYにいるのだ。
「まあ、今は出先だから詳しいことはあれだけど…」
『そうですよね、すみません。私の方もここのところ何かとゴタゴタしていて、中々先輩に連絡できていなかったせいもありますよね』
「それは、まあ、仕方がないんじゃないかな」
学生ではないのだ。
互いに優先すべきことがある。
「おばあさまはその後、具合はいかがなの?」
ドイツへの転居は、この桜子の祖母の病の治療のためもあり、その甲斐があって、かなり改善しているようなことを聞いてはいたのだが…。
『年齢が年齢ですから』
「………」
たしか桜子の祖母はタマよりは若いはずだが、それにしてもかなりの高齢になっているはずだった。
『そのこともあって、実は近々日本に帰国しようと思ってるんです』
「え?」
『たぶん、秋以降のことになるとは思うんですが、…祖母が日本に帰国して余生を過ごすことを希望していまして。こちらでの会社の雑務もありますから、今日明日、というわけにはいかないんですけどね』
嬉しい知らせに、一瞬歓声を上げかけるが、続いて告げられた『祖母が余生~』という言葉にしんみりと口を噤む。
「……そう」
電話をしているうちに、いつの間にか病院の裏手にある職員用の駐車場に辿り着いていたらしい。
…ずいぶん高そうな車が停まってるわね。あんなのにちょっとでもブツけでもしたらとんでもないわ。
おそらく来客の車か、院長あたりの送迎車に違いないが、見るともなく自分の車の横に駐車されているその高級車にそんなことを思う。
『あ、先輩、ちょっとすみません』
「あ…うん」
断りを入れられ、その隙にショルダーバックを探って、車のキーを探す。
ちょうどつくしがキーを見つけ出したのとほとんど同時、桜子から再び声がかけられたが、
『すみません、先輩』
「え?あ、どうしたの?」
『ちょっと仕事で呼ばれてしまって』
「ああ」
つくしの方は、終業時間で周囲もすでに日が暮れ出している時間帯だが、地球の裏側のドイツにいる桜子の方はそろそろ真昼間、やっと仕事もノりだした時間帯だろう。
合間にかけてきてくれたのだろうが、仕事が優先なのは当然のこと。
「いいよ、また時間がある時にでも電話して?私の方は、ごく普通の就業スケジュールだから、今くらいにでも電話してくれれば、だいたい出れるから」
『ああ、日本は今、18時頃なんですね』
「……………」
…知ってて電話してきたんじゃないのかい!
さすがF4と似たような思考回路の女だ。
人の都合など、ロクに考えていないことが丸わかりなセリフに頭痛を覚える。
『………!!…、もうっ、今行くわよ!…はぁ~』
電話口の向こうで、忙しないやり取りが聞こえてくる。
「もう、電話切りなよ。また連絡して?」
『はい。どうして花沢さんとそんなことになってるのか、帰国してから詳しく伺いますから、覚悟しておいてくださいね。じゃあ、また!」
「は?…まあ、仕事、頑張って」
彼女が挨拶を終える前に、自分の要件だけをさっさと言い捨て、すでに切れてしまっている電話に内心苦笑。
やれやれと、携帯電話をバッグにしまい込む。
手に持ったキーでロックを外し、車のドアノブへと手を伸ばす。
…今日は類も遅くなるっていうし、お夕飯どうし――
「失礼」
かけられた声に思わず顔を上げると、隣に駐車していた高級車の窓がいつの間にか開いていて、その向こう側に座っている中年の男性がつくしへと尋ねた。
「牧野、つくしさんですね?」
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- ┣ 第二章 私は誰?①
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- ┣ 第三章 忘れえぬ人①
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- ┣ 第四章 夢の続き①
- ┣ 第四章 夢の続き②
- ┣ 第五章 ここより永遠に
- ┣ 夢で逢えたら番外編(短編)
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しかし、つくしの性分からだろうか。
相談室以外でも顔を見かけられれば、こうして個人的に声をよくかけられる。
それは患者に限らず、医師や看護師との間もそんな感じで、よほど相性が悪い相手でなければ、そんな人々との交流をつくし自身も好んでいた。
英徳時代を除けば、どこへ行っても彼女の周りには笑顔が溢れ、あのどうしても馴染めないと思っていた上流階級の人々の中にさえ、彼女を好いてくれる人がいて、彼女もまた慕わしく思える人たちがいたのだ。
世界中どこにでもどんなところでも、いろいろな人たちがいて、ただ生まれがどうだとか育ちがどうだとか、偏見や先入観だけで‘人’を嫌ったり、忌避してしまうのはもったいない。
…食わず嫌いは、人生の半分を損してるっていうものね。
そんな風に思う。
ブーブー、ブーブー。
ちょうど病院の裏手にある通用口を出たあたりで、バイブ設定にしていた携帯電話がスプリングコートのポケットの中で、さっきから震えているに気がついた。
ポケットから携帯電話を取り出し、画面に指先を乗せながら着信相手を確認して慌ててしまう。
「え…うそ。って、やば、切れちゃう」
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「は、はいっ!」
『…先輩?お久しぶりです』
それは現在、ドイツにいるはずの桜子からの、久しぶりの電話だった。
*****
『はぁ~?いつの間にそんなことになってたんですか?牧野さんと離婚して、東京に戻ってらしたことは私も聞いていましたが…』
彼女の‘久しぶり’の挨拶どおり、桜子と直接会ったのは、もうかれこれすでに2年も前のことで、メールや電話での連絡ですらなんだかんだで一年近くのご無沙汰だ。
住所変更や仕事のことに関しては、大まかには連絡してあったのだが。
しかし、桜子は桜子で、祖母の病気や自身が起業・経営している会社のこともあり、多忙だったから、なおさらつくしにしても詳しい事情を連絡する機会がなかったのだ。
…ううん、それも言い訳かな。
類や総二郎と関わっていて今さらの話だが、あきらの婚約者である桜子に、類との関わりを知られることに抵抗感があったのかもしれない。
桜子が司に自分のことを言うはずがない。
そもそも伝わっているとしたら、総二郎経由からだろう。
ましてや司にしても、もはや彼女に対して何ら興味を持っているはずがなかった。
唯一二人の間に残った縁とも言える戒にしても、司とともにNYにいるのだ。
「まあ、今は出先だから詳しいことはあれだけど…」
『そうですよね、すみません。私の方もここのところ何かとゴタゴタしていて、中々先輩に連絡できていなかったせいもありますよね』
「それは、まあ、仕方がないんじゃないかな」
学生ではないのだ。
互いに優先すべきことがある。
「おばあさまはその後、具合はいかがなの?」
ドイツへの転居は、この桜子の祖母の病の治療のためもあり、その甲斐があって、かなり改善しているようなことを聞いてはいたのだが…。
『年齢が年齢ですから』
「………」
たしか桜子の祖母はタマよりは若いはずだが、それにしてもかなりの高齢になっているはずだった。
『そのこともあって、実は近々日本に帰国しようと思ってるんです』
「え?」
『たぶん、秋以降のことになるとは思うんですが、…祖母が日本に帰国して余生を過ごすことを希望していまして。こちらでの会社の雑務もありますから、今日明日、というわけにはいかないんですけどね』
嬉しい知らせに、一瞬歓声を上げかけるが、続いて告げられた『祖母が余生~』という言葉にしんみりと口を噤む。
「……そう」
電話をしているうちに、いつの間にか病院の裏手にある職員用の駐車場に辿り着いていたらしい。
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「あ…うん」
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『すみません、先輩』
「え?あ、どうしたの?」
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「ああ」
つくしの方は、終業時間で周囲もすでに日が暮れ出している時間帯だが、地球の裏側のドイツにいる桜子の方はそろそろ真昼間、やっと仕事もノりだした時間帯だろう。
合間にかけてきてくれたのだろうが、仕事が優先なのは当然のこと。
「いいよ、また時間がある時にでも電話して?私の方は、ごく普通の就業スケジュールだから、今くらいにでも電話してくれれば、だいたい出れるから」
『ああ、日本は今、18時頃なんですね』
「……………」
…知ってて電話してきたんじゃないのかい!
さすがF4と似たような思考回路の女だ。
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『………!!…、もうっ、今行くわよ!…はぁ~』
電話口の向こうで、忙しないやり取りが聞こえてくる。
「もう、電話切りなよ。また連絡して?」
『はい。どうして花沢さんとそんなことになってるのか、帰国してから詳しく伺いますから、覚悟しておいてくださいね。じゃあ、また!」
「は?…まあ、仕事、頑張って」
彼女が挨拶を終える前に、自分の要件だけをさっさと言い捨て、すでに切れてしまっている電話に内心苦笑。
やれやれと、携帯電話をバッグにしまい込む。
手に持ったキーでロックを外し、車のドアノブへと手を伸ばす。
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「失礼」
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