「愛してる、そばにいて」
第4章 凍える牙①

愛してる、そばにいて0272

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 「ババアが視野に入れてるのは、イートンあたりなんだろうし、ああした学校は高い学力云々だけじゃなく、知的教養と強固な精神力なんかの人格形成にも力を入れてる。富裕層の子弟が通う学校としては悪い選択じゃねぇし、俺の時も一時期そうした話があったから、一概にいつもの意味のない口出しとは言えねぇ」
 意味のない―――とは、司は言っているが、楓があからさまに戒を道明寺家の本家から排斥したがっていることは、誰もが知っていることだった。
 そこにはおそらく、司の後妻という立場である遥香への気遣いもあったのだろう
 遥香…というよりは、もしかしたら佑都の将来を考えてのことかもしれない。
 戒にとっては優しくもなく、とても肉親とは思えない冷淡な祖母だ。
 しかし、楓がむやみやたらに残酷でもなく、外孫の咲姉妹や佑都を可愛がっていることは知っていたし、一度だけだが謝られたこともある。 
 『あなたには申し訳ないことだと思っているわ』
 話の前後の記憶はないが、父のいない屋敷で一家団欒に入っていけない自分の不遇を嘆いて、ひそかに家出をして母の下へと行こうとした彼を連れ戻した時に、ふと呟かれた言葉。
 あの時、一瞬、彼を見て浮かんだ痛ましげな表情はけっして演技ではなかったと、幼いながらに戒も感じていた。
 だからといって、自分を嫌い虐げる相手を慕うことなどできなかったし、間違っても親しみを感じるような相手ではなかったけれど。
 「…俺、そのパブリック・スクールに行くの?」
 父と引き離されて?
 …それなら、お母さんのところに行きたい。
 どうせ邪魔にされるなら、母と暮らしたかった。
 しかし、
 「いや、パブリック・スクールは中高一貫制の学校だから、今から行くとしたら、その準備校のプレッブ・スクールだな。…が、そういうことじゃなく、俺がお前をどこにもやりたくない」
 「…お父さん」
 グッと力を込められ抱き寄せられた温もりに欠片も嘘はなく、そして、その大きな手はわずかに小刻みに震えていた。
 幼い戒よりもずっと体も大きく力の強い父の方こそ、まるで何かを怖れ、彼に縋り付く幼子のようだ。
 「本当は、お前をこの屋敷じゃなく、ロスの姉貴のところにでも預けるべきだとはわかってる。たぶん、滅多に家にいてやることもできねぇ俺がお前を引き止めて、…この冷え冷えとした空気の中で生活させるよりも、タマの言うとおり姉貴に預けた方がよほどお前の為にもなるんだろう」
 「…椿伯母さんのところに」
 椿のことは戒も大好きだ。
 戒を冷遇する道明寺一族や上流階級の者たちの中にあって、父の他に、伯母だけが彼を哀れみ慈しんで愛してくれていた。
 事あるごとに彼を気遣い、なにくれとなく連絡してくれたり、遊びに呼んでくれたり、従姉妹の咲やその下に生まれた妹とも、まるで兄弟みたいな間柄だ。
 何度か、椿本人からも言われたことがある。
 『戒、良かったらうちに住まない?うちってほら、女ばかりだから、あんたみたいな男の子がいたら頼りになっていいのよねぇ』
 そんな冗談交じりの誘い文句。
 けれど、戒は日本を離れたくなかったのだ。
 …だって、ロスアンゼルスなんかに行ったら、もうお母さんに会えない。
 父と離れて暮らすことも辛かったが、今でさえ母と会うことが難しいというのに、遠く海の向こうになど行ってしまったら、もしかしたらもう二度と母と会えなくなるのではないか。
 「俺、アメリカになんて行きたくない」
 「…戒」 
 「お父さんが、俺を邪魔に思わないなら、ここにいたい」
 「バッカ野郎、思うわけねぇだろ」
 抱きしめられる。
 わかってる。
 司が戒を愛していること。
 幼い頃からずっと、彼を慈しみ、誰よりも彼の味方でい続けてくれていることを。
 それでも、それでも、なのだ。
 「お父さん、どうしてお母さんと離婚したの?」
 …お母さんをこの家から追い出したの?
 「……っ」
 ずっと聞きたかったこと。
 けれど、これまでの戒は幼すぎて何をどう聞けばいいのか、それさえもわからなかったのだ。
 「なんで、お母さんと結婚したりしたの?」
 やがては他の女の人を好きになって、追い出してしまうくらいなら、どうして戒の母と結婚する必要があったのだ。
 …最初から遥香と結婚していれば良かったんだ。
 そうしていれば祖父母が厭う戒など生まれず、誰もが可愛がる佑都が、道明寺家の唯一絶対の跡継ぎ息子として誰憚ることなく、祝福されてこの家で生まれ育つことができただろう。
 もちろん一家が日本に帰国してから知り合った遥香が、つくしに先んじて司と結婚できるはずもないのだが。
 「…愛してたからだ」
 「愛してた?お母さんのこと好きだったの?」
 かつては疑うことさえなかった父の母への愛情。
 戒の頭に埋めていた顔を上げた司の顔は不思議に透明で、なんの激情も…悲哀も浮かんではいなかったが、なぜか、父が泣いている気がした。
 泣いて…悲しんで、何かを悔いているようにも。
 「愛してる、好きだ、惚れてる…その全部だ。だから、あいつと結婚した。結婚して、お前を生ませた」
 「…………それならどうして」
 そればかりが戒の脳裏を巡る。
 「いつか…」
 「…………」
 「いつか、お前がもっと大人になった時、お前に真実を受け止める覚悟ができたら、お前には全部話す」
 「…大人になったら?俺は今聞きたい」 
 「ダメだ」
 戒の懇願に父の返事はにべもない。
 とりつくしまもないその表情に、これ以上何を言っても司が何も答えてはくれないことを戒も悟る。
 どうして、今じゃダメなのだ。
 父の頑なな態度にわっと激情がこみ上げ、熱くなってしまった涙腺をグッと堪える。 
 だからそれ以上は、もう何も答えてくれないだろう父をギッと睨んで、別の望みを口に出した。
 「お母さん、どこにいるの?」
 司が、腰を下ろしていたベッドから立ち上がる。
 「再来月の上海、忘れるなよ」
 「……………」
 …どうして、何も答えてくれないの?
 いつでも大人はそうだ。
 戒が本当に知りたいことは何一つ答えてはくれない。
 そして、大切なことはいとも簡単に忘れてしまう。
 「しかし…」
 わずかに小さく噴き出した父の声音に、失望と悲しみに俯いてしまっていた戒が、ボンヤリと顔を上げ、司の顔を見返す。
 「お前、よく先手必勝だなんて言葉知ってたな?」
 一瞬なんのことだと怪訝に首を傾げかけ、それが先ほど楓に、喧嘩を売ってきた相手を叩きのめしたことに対する言い訳として、自分が使った言葉だと思い出した。
 「だって、ずっと前、お父さんが言ってたんだよ?」
 「俺が?」
 「うん。先手必勝、攻撃は最大の防御だってさ」
 「へぇ?」
 父は憶えていなかったけれど、それは遥か遠く、懐かしくもかすかに残る母との温かな記憶と共に戒の心に今も刻まれていた。




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