「愛してる、そばにいて」
第4章 凍える牙①

愛してる、そばにいて0270

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 『坊ちゃん?戒坊ちゃん?』
 扉の向こうから聞こえる老婆の声に、顔をベッドに伏せたまま戒は身動きすることなく、また返事も返さない。
 何度かノックは繰り返されたものの、分をわきまえているタマは、たとえ部屋に鍵が掛かっていなくても、彼の私室に勝手に立ち入ってきたりはしなかった。
 タマは戒の家族ではないし、自らを使用人だと自戒していたから、戒が小等部に入って後はケジメだとそうした姿勢を貫いていた。
 もちろん朝の登校前の時間帯やあきらかに体調が悪い時などはまた別の話だったが、彼がそうして欲しくないということをあえてすることはない。
 幼い頃から戒の身近に接していて、今の彼があえて返事を返さない、あるいは寝たふりを決め込んでいることなどお見通しなのだろう。
 やがて扉の向こうからタマの気配が消え、ソロソロと戒はベッドの上から起き上って、腹ばいにベッドの上を進み辿りついた際から逆さ吊りにぶら下がる。
 そしてベリッとベッドの底板に貼り付けたあった粘着シールを剥がして、金属の鍵を取り出した。
 別にそんなところに鍵を隠したりしないでも、あらかじめ命じておけば、使用人の誰も彼の意に反したことをするはずもなかったけれど、念には念を入れたかったし、鍵の在り処を誰にも知られたくなかったのだ。
 その鍵で収納になっているベッドヘッドの引き出しの鍵を開け、中に入っている彼の‘宝物’を覗き込む。
 ディズニーキャラクターのポップコーンバスケット、擬人化したペンギンの携帯ストラップ、レッサーパンダの缶バッチ、どれもこれも、大富豪の御曹司が宝物にするにはあまりにささやかでポピュラーなものばかり。
 その一番奥にしまい込んである簡易なフォトアルバムを取り出す。
 何度も何度も取り出しては眺めていたから、少し端が磨り減って、どこか年季を感じさせる古ぼけたものになってしまっていた。
 いつものように、慎重に中を開き、収められている写真に見入る。
 赤ん坊の彼を抱いて幸せそうに笑っている…実母・つくしと、その彼女の肩を抱いて、やはり幸せそうに笑っている父の姿。
 一枚、二枚、三枚。
 そこには、表立って口にすることを禁じられた実母との思い出が収められていた。
 つくしが家を出た時に、屋敷の中からは彼女の痕跡の一切が拭い去られた。
 それは楓の方針であったし、父もまたそれに反対しなかったのだから、父の方針でもあったのだろう。
 そして、すぐに屋敷には新しく父の妻となった遥香がやってきた。
 ―――異母弟の佑都と共に。
 なにがどうなって、そんなことになってしまったのか。
 理解できないでいた当時の彼の戸惑いを無視して。
 …お母さん。
 心で呟いて、指先で母の顔をそっとなぞる。
 もうこの数枚の写真の中の母だけが戒のすべてで、実際の母がどんな人で、どんな声で、自分とどう接していたのかほとんど憶えてはいない。
 それでも、彼の中にたしかに今もなお息づいているものがある。
 温かな温もり、愛情、優しさ。
 『戒、大好き。あんたってなんて可愛いの』
 そんな風に、写真の中で小さな彼に頬ずりをする母がいつも語りかけてくれていたから。
 けれど―――、
 …どうして、お母さん、俺のことも連れて行ってくれなかったの?
 跡取りだから、道明寺家の息子だからと、誰もがそう言い、実際にその通りなのだろう。
 しかし、この家で戒は必要とされていない。
 彼には居場所がなかった。
 そんなことがわからないままでいられるほど、彼は愚鈍ではなかったし、常々の祖母・楓の態度や、病気療養中で海外に住まう祖父がいまだ彼と接触を持とうとしないこと、タマの目が光っている屋敷内の使用人たちはともかくとして、上流階級に属する人々の彼を見る目や言動を鑑みれば、道明寺家としての意向などわかろうというものだ。
 …このうちには、佑都がいる。
 そして、もしかしたら、他にも兄弟が生まれてくることもあるのかもしれない。
 父の心は、傍目にもあきらかに後妻である遥香の上にはなかったが、それでも夫婦としての最低限の義務は果たしていたし、特にいがみ合っているわけでもない―――少なくても戒の目にはそう見える。
 ただ父が妻や佑都に無関心なだけで、そうした夫婦関係は、英徳に通う戒と似たような境遇にいる他の生徒たちの親たちの中でもそう珍しいことではなかったのだ。
 それどころか仮面夫婦で、それぞれに愛人がいるという強者まで。
 そして、たいがい子供たちもそれを知っていた。
 幼いながらに、彼らは自分たちがそうした境遇にいることを自然に受け入れていたし、戒自身も今では理解している。
 せざる得なかった。
 誰に言われなくても…、母がなぜこの家を出たのか。
 そして、自分がどういう立場にいるのか。
 そういう意味では、母が自分を連れて家を出たくてもそうすることができなかったこともわかっていた。
 それでも思わずにはいられないのだ。
 …いつか、俺を迎えに来て。
 トントン。
 再び鳴り響いたノックの音に、戒が眉根を寄せる。
 タマにハッキリと、自分のことはしばらく放っておいてくれと言うべきだっただろうか。
 トントンッ。
 「タ……」
 『戒、俺だ。寝てんのか?』 
 「っ!?」 
 父の声に息を飲む。
 『ちょっと話がある』
 そんな司の言葉に、戒は慌てて引き出しを閉め、鍵をかけた。
 が、そこにきて、やっと自分がフォトアルバムをベッドの上に出しっぱなしだったことに気がつく。
 しかし、いまさら間に合わない。
 部屋に鍵をかけていなかったし、そもそもタマとは違い、父が戒に遠慮するいわれはなかった。
 父がそうしたいと思えば、彼を妨げられる存在などこの世のどこにもいないだろう。
 『入るぞ』
 案の定、戒が返事を返さずとも入ってくる様子だ。
 父が部屋に入ってくる前に、手の中のモノをなんとかしなければならない。
 フォトアルバムを胸の下に抱え込み、ベッドへと再び俯せに突っ伏す。
 間一髪。
 ガチャッ。
 キイィ。
 ドアの開く音と同時に、父が入ってきた気配がして、手の中にじんわりと汗が滲んで、胸がドキドキと動悸打つ。
 あっという間に、すぐそば、ベッドサイドまで父が歩み寄ってきた気配にも戒は身動きすることなく、そのまま寝たふりを続けた。
 そして…、
 「おい、寝てねぇんだろ?」
 キシッとベッドに腰かける気配と共に、大きな手に後ろ頭を優しく撫でられる。
 「いつまでも寝たフリしてんなよ?」
 「……………」
 それでも振り向けなかった。
 胸の下のフォトアルバムの存在に気がつかれたくなかったから。
 よもや見つかったからと言って、激怒されるとまでは思っていなかったけれど、かつて、以後、もう母のことは口に出すなと命じた父だ。
 まさかだったが、母の写真を廃棄するようにと命じられるのが怖かった。
 …お父さんは、お母さんのことが嫌いだから。
 庶民の出で教養も教育もない下品な女だとつくしを切り捨て、結局は同列の遥香を娶って、戒がいるというのに彼の母を家から追い出したくらいなのだ。
 タマはけっしてそんなことはないと、彼が学校で嫌がらせを受けるたびにそう諭したが、この年齢になればさすがに戒にだってわかってくることがある。
 母が家を出る前に、父の再婚がすでに決まっていた理由を。
 そして、赤ん坊がどれくらいの期間母親のお腹の中にいるのか。
 異母弟はもうすぐ2才になる。
 しかし、母はたしか戒の記憶の中でも、早生まれの彼が小等部に上がる前年の冬頃…二年半前まで彼らと暮らしていたし、使用人の話からも春頃までまだ屋敷にいたはずなのだ。
 もうすぐ彼の誕生日だったから、そこのところだけはかなり明瞭に憶えている。
 屋敷内の使用人がどんなに隠しだてしようと、戒には頭もあれば耳も目もあるのだ。
 どう考えても父が母と離婚した時期と、遥香が妊娠した時期には被りがあった。
 ―――不倫。
 タマによけいなことを戒に言わないようにと統制された使用人たちと、あることないこと彼に吹き込む外野たちのどちらが正しいのか。
 …俺にはわかっている。
 司は、つくしを追い出す以前から、遥香と関係があったのだと。
 …お父さんは、遥香と佑都のために、お母さんを追い出したんだ。




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