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「夢で逢えたら…全207話完+α」
第三章 忘れえぬ人②

夢で逢えたら125

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 久しぶりに顔を合わせた男は、いつもの自信過剰なまでの輝きがどこか薄れ、彼らしくない陰りを顔に宿しているようにも見える。
 それを黙って見守るような慈悲深い性分など持ち合わせてないし、そもそもそんな甘い関係でない恭子は、せっかくの男をからかう珍しいチャンスに舌なめずりした。
 「あら、あなたはフラれちゃったの?ボブ・ハーマン」
 女のキラキラした目の意地悪気な光に苦笑しつつ、手に持ったシャンパングラスを優しく手渡す。
 風呂上がりにちょうど喉が渇いていた恭子は、彼女らしくもない蓮っ葉な仕草で、グラスの中身を一気に飲み干した。
 唇の端を濡らすシャンパンを、舌で舐めとる仕草が色っぽい媚びを含んでいる。
 だが男も心得て、その誘惑にはすぐには食いつかず、もう一杯その芳醇な香りを放つ黄金の液体を恭子のグラスに注ぎ込む。
 「残念ながら。ですが、実際に私が彼女を連れてゆくことに成功していたら、貴女的にはあまりよろしくはなかったのでは?」
 グラスの酒に口をつけながら、NYの夜景に視線を向ける男の美しい横顔を眺め、恭子はバスローブに冷たい滴を滴らせる、濡れ髪をタオルで拭う。
 それに気が付き、ロバートが恭子からタオルを取り上げ、ソファに座る彼女の背に回って、髪の水分を優しく拭いてゆく。
 恭子は男の大きな手で優しく髪を拭われるのが大好きだった。
 満たされぬ何かが、そうされるたびに満たされてゆく気がする。
 それは、夫であったり、ロバートであったり、時には別の男性であったが、彼女の中ではそれらのことに何の疚しさもない。
 なぜなら、彼女は彼らを愛していたし、彼らも同じだと理解していたからだ。
 …オンリー1なんて、望んでない。
 彼女にとってのナンバー1が彼女を愛してくれていれば、他の誰を愛していようとも揺るぎない自分でいることができた。
 だから、ロバートにとっては、自分がナンバー1ですらなくても、恭子は恭子なりの愛情で彼を愛していたし、ロバートも彼女が自分の欲しいものを提供してくれる限り、恭子に忠実で信頼できるビジネスパートナーであり続けた。
 「ふふ、そうねぇ。司さんがフラれてしまったら、要を排除する理由が司さんにはなくなってしまっただろうし、私の目的にはあわなかったわね。でも、彼女が、牧野つくしだったのなら、話はまたかわってくるわ」 
 「…」
 「彼女をあなたのかわりに副院長に…いずれは院長にすると言ったら、彼女、司さんを捨ててくれるからしら」
 「さあ、どうでしょう。彼女は野心がありませんからね。地位の為にはあなたの誘いに乗らないでしょう」
 ロバートが少しも揺るがず、動揺しないのがつまらなくて、もう少し意地悪をしてみたくなる。
 「わからないわよ?人間なんて、地位に興味がなかったら、お金。お金に興味がないのなら、愛情。…まあ、男性は愛情を優先する人は少ないけれどね」
 その珍しい例外が、彼女の元夫だったのが皮肉でもある。
 「金にも興味がありませんよ。愛情は…そうですね、彼女は、愛する者の為なら、あなたに靡くかもしれません。でも、残念ながらあなたには、彼女の目を引くようなカードは揃えられないでしょう」
 「…ふふ、だからこそあなたのライバルにはなりえなかった。本当にあなた、彼女を愛していたの?」
 「私は、自分を一番に愛しているのだそうですよ、あなたと同じにね」
 恭子の濡れ髪を拭っていたロバートがタオルを投げ出し、背後から抱き付いた。
 そして、細く美しい女のうなじに口づけを落とし、刹那的な愛を囁く。
 そんな男の愛撫に答えながら、抱き上げる男の腕に身を任せ、なおも恭子は頭にすくう、かつての恋敵の身上に思いを馳せる。
 「…今は私のことだけを考えて?他の女のことで思い悩むあなたもらしくなければ、他の男に未練を残すあなたも興醒めだ」
 

 濃厚な一時を過ごし、再びバスローブを身にまとう均整の取れた筋肉質の美しい背中を、恭子は見るともなく見守る。
 「…シンガポールに戻るつもり?」
 「ええ、最初からその約束のはずです。私の役目は、あなたの元夫の想い人に揺さぶりをかけて、息子を手に入れる。…そして、私には副院長の座」
 「要の主治医の件は引き受けてもらえるのでしょう?」
 「いっそ、キャサリンもお連れになったらどうです?」
 意外なことを言われて、恭子は目を瞬かせる。
 だが、男のいじわるな顔が、さっきの恭子の意地悪への反撃だとわかり、苦笑する。
 「…さすがに、そこまで悪趣味じゃないわ。司さんを本気にさせてしまうのは得策ではないし。とりあえずは、あなたの推薦してくれた助手をつけてくれればいいわ。何かあったらあなたが、相談に乗ってくれるのでしょう?」
 「ええ、まあ、シンガポールから一っ飛びというわけにはいきませんが、要様の病状であれば、それほど急を要する事態が起こるとは思えません。たぶん、キャサリンも同意見でしょう」
 「そうね、そう聞いているわ。…どのみち、彼女は、どうするつもりかしら」
 どうしても、要の主治医であり、元夫の想い人である女性から思考を切り離せないらしい恭子に、肩をすくめて付き合うことにする。
 ロバートは窓際のソファーに移動しながら、煙草に火をつけ燻らせた。
 独特の煙の香りが、最上級スウィート・ルームの高性能な空調設備に吸い上げられ、恭子の傍まで流れずして消えてゆく。
 なんだか、それがこの男と自分の関係を象徴しているようで、ホンの少しだけ寂しさを感じる。
 思えば、生まれてから彼女に求められた結婚は、どこまでも義務的で、本当の愛だとか恋だとか、そんなものは存在しなかった。
 家の為、家のつながり、跡継ぎを儲ける為。
 ただ、それだけだった。
 けれど、司を初めて見た時から、彼女の苦悩は始まった。
 彼の深遠が見えぬ昏い眼差しに囚われた。
 飢えたような孤独な影が、それまで明るい栄華の世界しか知らなかった恭子を別世界へと誘う。
 恭子と同じ世界で生まれ育ったはずの司の孤独はいったい何なのだろう。
 彼の絶望はどこから生まれたというのか。
 頂点に近い家に生まれ、育ち、類まれな美貌と、カリスマ性、指導者としての資質を備えながらも、少しも幸福そうでもなく、生きることに疲れ果てたような男。
 結局、司の中に、恭子の存在は少しも残ることはなかった。
 「…キャサリンの息子。いえ、パラグアイの組織の後継者争いはどうなってるんです?」
 「え、あ、ああ」
 唐突に問い掛けられ、自分の中の物思いに耽っていた恭子は、面くらって一瞬言葉を詰まらせた。
 男は、問い掛けておきながら、あまり興味はなさそうに窓の外の夜景を眺めている。
 実際には、その煌びやかな光さえも、男の心の奥底へは届いてはいないのかもしれなかったが。
 「あそこも血で血を洗う争いになってるようね。私たちとは違って、外聞なんてないから、派手なものよ。皮肉よね、望むものには与えられず、望まないものこそ欲せられる」
 「あなたの息子のように?」
 「あの子は、それが生まれた時から課せられた定め。私と同じようにね」
 「…課せられた定め、ね。では、定め通りに夫を持ち、貞淑であるはずのあなたは、宿命に逆らっているのかな?」
 男が揶揄るようにニヤリと笑う。
 だが、女はそんな問いは聞き飽きたという様に、男の嫌味を鼻で笑い、
 「私たち夫婦の場合、互いに公認ですもの。オンリー1なんて、私たち望んでないわ。そんな胡散臭いもの信じられるものですか。オンリー1より、ナンバー1なのよ」
 そうして自ら縛られようとする哀れな男女を嘲笑うように顔を傲然と上げる恭子の顔は、わずかな痛みを含んでいたのかもしれなかった。
 

 恭子の帰国と共に、要がドイツに渡独することを聞き、つくしは少年のつむじを見下ろしながら、次の言葉を告げられずに黙り込んだ。
 その話は、本来ならばいずれ主治医であるつくしにも直接司から伝えられたのだろうが、少年の渡独前につくしの退職が決まっていたので、渡独が決まった次の日、要が自らつくしに語った。
 実際には司が認めた話ではなく、要の意志と恭子の強引な交渉の結果だったが、裁判の有無はともかく、互いの弁護士が間に入り、しばらくの間はドイツの恭子の邸とNYの司の邸を往復することで話は決まった。
 「…要はそれでいいの?」
 両親とともに暮らす日を夢見ていた要にとって、父親ばかりか母親の家庭を見ることは、苦痛なのではないか。
 そう、つくしは問い掛けたが、もはや要の中では幼い望みは露と消え果ている。 
 元々叶わぬ夢だとわかっていて、心の底に秘めていた思いだ。
 たとえ無理に叶えようとしたとて、あの父親が自分を曲げるはずがなかったし、母親にしても同じこと。
 そして、もし万が一、叶ったとして、過去を繰り返すだけの状況が、幸福を生むはずなどなかった。
 10才の少年が悟るには、あまりにも酷な現実だったが、いつまでも現実に目を背けていても、後ろ向きなだけだ。
 つくしへと言われない八つ当たりをして暴発し、父親の優しくはなかったが正直な心情と向い合い、母親の身勝手だが確かに存在する愛情を確認したことで、ある意味要の中の何かが大きく芽吹き、成長したのだ。
 だから、やせ我慢でなく、こうやって胸を張って言える。
 「うん、俺はお母さんと行く。俺がお母さんを守るよ。お母さんには新しく結婚した人がいるけど、でも、お母さんは女で、俺は男だから、俺も守ってあげなきゃいけないんだ。お父さんは男だからね。俺が守ってあげなくても、大丈夫だろ?」
 「…要」
 ニッコリ微笑む少年の顔が、司と似ているようでいて、もっと大きく見える。
 子供の成長はホントに早い。
 レンが未熟な母親をカバーするように、一足早く大人になったように。
 いつも迷い、二の足を踏む大人たちとは裏腹に、子供たちはなんと早く、あっという間に大きくなってゆくことか。
 「それに、お父さんにはもうキャサリンがいるもん」
 「……」
 少年の言葉になんと答えたらいいのかわからない。
 けれど、少年の誤解をそのままにするわけにもいかなくて、何と答えたらよいのかわからないままに、少年の名前を呼んだ。
 「要、あのね」
 「いいんだ」
 「え?」
 「今は、いいんだ。キャサリンが何の約束をくれなくても、今はいい。俺はガキで、どうして、キャサリンもお父さんが好きなのに一緒にいてあげてくれないのか、どうして邸をでていっちゃうのかわからないけど、いいんだよ」
 要は、そのままつくしの傍を離れると、キャビネットのガラス戸を開け、中にあった数枚のパンフレットを取り出す。
 「…キャサリンと、観に行けなかったな。お母さん、オペラは好きだけど、あんまりミュージカルとかは観に行かないんだ。こっちでは付き合ってくれたけど、けっこう教育ママだから、たぶん、ドイツに行ったらすっごい勉強が待ってるんだぜ?」
 「要、要、聞いて?」
 意を決して、少年の誤解…誤解なのだろうか?
 つくしが司を好きなのも、好きなのに離れていこうとしているのも?
 けれど、今は誤解としかいうことのできない、言い訳を口にしようとして目の前に広げられたパンフレットに目を落とした。
 「…いつかさ、一緒に観に行こうよ。前、言ってたよね。今度は、一緒に観に行こうって。当分は無理そうだけど、俺がもうちょっと体力ついたら、アメリカとドイツを往復するなんて、簡単なことだからさ。ちょくちょく、お父さんの邸にも戻ってこようと思ってるんだ。ダメじゃないよね?」
 「もちろんよ!誰と暮らしても、お母さんのお邸も、お父さんのお邸もあんたの家には違いないんだから」
 つくしはそれだけはハッキリと頷く。
 「だから、一緒に観に行こう。それでさ、いつか俺もキャサリンの作ったお弁当を食べたい。…キャサリンは俺を生んだ人じゃないし、俺にはお母さんがいるけど、でも、家族になることはできるよね。お母さんが二人いるのも悪くない。だから、いつか、お父さんを幸せにしてあげてよ」
 要の切なる願いに、つくしは肯定も否定もできず、ただただ、手渡されたパンフレットを握りしめた。




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