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「愛してる、そばにいて」
第3章 風になる日①

愛してる、そばにいて0118

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 稲妻に撃たれたような衝撃に、司は呆然として、その言葉の意味をすぐには理解できずにいた。
 いやおそらくわかっているのに心が拒否をして、脳が伝えてきたその情報を処理することができないのだ。
 ただ魅入られたように、司へと言い聞かせる沈鬱な表情のタマの顔を見つめる。
 「若奥様は、人が変わられてしまいました」
 「………」
 「戻られた…と申し上げた方がよろしいのでしょうね。無くされた過去の記憶を取り戻して、記憶を失っていた10年間のことをすべて忘れてしまわれた、そういうことだと医者が言っておりますから」
 「つくしが…」
 口にした途端、グラリと頭が揺れ、咄嗟に片手を座卓についてフラついた体を支える。
 「坊ちゃんっ!?」
 「………大丈夫だ」
 驚いて支えようとした老婆の手を遮り、空いた方の手で、司は表情の固まってしまっている顔を撫でた。
 …冷たい。
 まるで悪夢の中の続きのようだ。
 そこにタマがいて、見慣れたタマの部屋があり、ここが生まれた時から住み慣れた屋敷の中だと十分に理解しているというのに、なぜか実感がない。
 頭の後ろがジンと痺れて、歪んだ視界が妙に現実味がなく吐き気がした。
 「つくしは…、俺のこと、忘れてんのか」
 何を言いたいのか、何を聞きたいのか、自覚のないままに、ただそれだけが口をついてでた。
 タマの息を呑む音が聞こえる。
 「坊ちゃん」
 「言えよ、タマ。俺のこと、もう覚えてないのかっつーてんだよ」
 「…もちろん、覚えてますよ」
 「覚えてる…」
 「ええ。惚れ抜いて相愛の亭主のあんたではなく、………高校生の頃のグレて荒れて、人でなしだった坊ちゃんのことをね」 
 かあああっと頭の中に、熱いものが広がった気がした。
 おそらくタマは、こう言いたかったことだろう。
 つくしを無理矢理に奪って閉じ込めて、苦しめ続けたあげくに、記憶さえも失わせた憎い敵を思い出したのだ、と。
 言葉を選んだタマに言われずとも、自分が一番よくわかっていた。
 乖離した意識が自分の行動を把握しないままに、肘杖をついた両手で顔を覆って、司は座卓へと顔を俯け目を閉じ、呻き声を堪えてギリリと奥歯を噛み締める。
 「今日一日、徹底的に再検査をされて、まだその結果についてはあたしも聞いてません。ですが、若奥様の様子からして、昨日…目を覚まされてから、一貫して変わっていらっしゃらない」
 「…どんな、なんだ」
 タマは高校生のつくしだと言った。
 つまり…。
 「ご自分を16才の牧野つくしだとおっしゃっている。あたしのことを覚えていない。たぶんこの10年間のことをまるっとすべて忘れ去られている」
 「…………」
 「…………」
 「…………」
 重い沈黙がその場を支配した。
 タマにしても医者でもなく、詳しいことなど説明しようもない。
 またある程度の事情を知っているとはいえ、それも椿からの又聞きでしかない真相について、どう切り出したら良いのか分からず、司の反応を待つしかなかった。
 「…坊ちゃん、若旦那様」
 「ふっ」
 半ば頭を抱え込んだまま、俯いていた司が小さく声を洩らした。
 そして――、肩が小刻みに揺れだす。
 「ふ…ふふ、ふはははは」
 突然笑い出した司の顔は引き歪んで、まるで泣いているようだった。
 涙は流れてはいなかったけれど。
 目に浮かんだ苦悩と悲嘆、そして悲喜交々の想い、他人には伺い知れない複雑な感情が交差して、ひとしきり笑うと、唐突に司は笑いを収めた。
 「記憶は戻ったのに、俺といたこの10年間のことはこれっぽちも覚えてないってか?」
 「戒坊ちゃんのことすら、覚えていらっしゃらないんですよ」
 「っ!?」
 ハッとタマを見た司の懸念を読み取って、タマが安心させるように大きく頷いた。
 「戒坊ちゃんはまだ、若奥様の異常に気がつかれてはいませんよ」
 「……あいつは」
 「10年前の若奥様も、タマがよく知る若奥様と同じく、とても優しい子だったんですねぇ。事情が事情ですからね。あたしなんかには想像もつかないくらいに、大変な思いをしてらっしゃることかと思います。どれだけ戸惑ったかとも思うのに、戒坊ちゃんのために、その戸惑いも上手に隠して戒坊ちゃんを気遣ってらっしゃるんですよ」
 つくしらしい。
 自分の子だとまでは瞬時に悟れたかはわからないが、おそらく戒の顔を見れば、その父親が誰なのかなどすぐにも気がついたことだろうに。
 …俺を憎んでも、関係ないヤツにまで八つ当たりするようなヤツじゃねぇ。
 つくしは優しい女だった。
 今も昔も…たとえ雑草の強さは失っても、それだけは変わらない彼女の本質。




*****




 朝の検温を終え、朝食も終えると、特に体調が悪いわけでもないつくしは暇を持て余していた。
 点滴も一時的なものですでに外されて、かなり自由にさせてもらっている。
 とはいえ、病院は病院だ。
 ましてや自分の現状さえもまだ定かではない。
 『あんたは27才の道明寺つくしで、高校2年生までの記憶を取り戻したかわりに、それまでの10年間の記憶を失っている』
 などと言われても、おいそれと順応できるはずもない。
 ましてや、その10年間―――。
 …あたしが、あいつの妻。
 司のことを思えば、必ず身の内に湧き上がる黒い感情と小さな震え、恐怖…そして得体の知れない別の何か。
 つくしの中ではいまだ司に囚われた16才の日のまま、絶望と悲嘆に死を覚悟した自分が、今こうして生き延びていることにさえ馴染んでいないというのに、理解しがたい事実を突きつけられ困惑していた。
 …もう、これ以上絶望することなんてないって、思ったのにな。
 それなのに、不思議に心が空っぽで、あれほど苦しかった思いが、なぜか今はどこか遠かった。 
 …赤ちゃん。
 誰かと話している時には脳裏に浮かぶこともないのに、こうして一人静かな時間を過ごしていると、気が付けば手を腹にあて、こみ上げてくる遣る瀬無さがある。
 たぶん…いや、間違いなくだろうか。
 司と結婚し、戒という子供がいながら、他に子供の気配がない事実。
 …あたしが赤ちゃんを殺した。
 もちろん産みたかったわけではない。
 それどころか、その存在に絶望し死さえも望んだというのに、一つの命を奪い去っておきながら、自分自身は生き延びたのだ。
 ベッドに上半身を起こして腰掛けたまま、ぼんやりと窓の外を眺める。
 「お母さんっ!」 
 ハッとドア口を振り返ると、今の彼女の困惑の一つ…司に瓜二つの、自分の子供だという少年が覗き込んでいた。
 「戒」
 「おはよう!」
 どうやら物思いに耽りすぎて、戒がドアを開く音にさえ気が付けなかったようだ。
 ドアから顔だけを覗かせた戒が、ニコニコ笑って手を振ってくる。
 その屈託のない仕草と無邪気さに、つくしの顔も自然に綻び、柔らかく微笑み返した。
 「ノックくらいしてよ」
 「したよ」
 「………」
 「それに別にノックなんてしなくてもいいじゃん」
 「ダメだよ」
 「どうして?」
 どうして、とあらためて聞かれると困ってしまう。
 もちろん、つくし的にはいろいろあって、
 「着替えとかしてるかもしれないし…」
 「うん?」
 円な目で首を傾げられてしまえば、逆に自分の言っていることの方がおかしいのだと言葉に詰まってしまう。
 …そりゃそうだよね。
 赤の他人ではない。
 幼い子供が、母親の着替えに出くわしたからと言って、どうだと言い訳できるというのか。
 おそらく一緒にお風呂に入ったりもしていたに違いない。
 「う~ん、か、体とか拭いてたりもね?」
 「?」
 キョトンとした顔に、あっさりとつくしも説得を諦めた。
 …ダメだ、こりゃ。
 「いいよ。でも、ほら、他の人に見られたりするのはお母さんも嫌だからね。戒一人の時はまあ、しょうがないけどさ」 
 これだけは譲れない。
 病院なのだから医者や看護師ばかりだとはいえ、平然と恥ずかしい姿を人前に晒せるほど、乙女心を失ってはいなかったし、つくしにしてもやはり心構えは欲しい。
 …って、あたし、乙女っていう年じゃなかったんだっけ?
 だが、実年齢にしても、いまだまだ27才。
 ギリギリ乙女と自称しても許されるかもしれない、微妙なところだ。
 「誰かと一緒の時には、絶対に!ノックしてよ」
 「わかってるって。だからノックしたじゃん」
 「え?」
 言葉とともに、ドア口から横にズレた戒の後ろから、長身の影が覗く。
 戒が顔を上向け、嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
 「お父さん!」
 そこにいたのは、つくしの記憶の中よりもずっと大人になっている…10年後の道明寺司だった。
 「…よう」




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毎朝から必ずこ茶子さんのサイトチェックから始まる自称愛読者の者です。このストーリーは私的には好きな話です。人間は誰でも残虐性を持ち、表面に現れるか現れないだけの確率の問題かと私は考えていますが…。たくさんの意見が殺到している中で、こ茶子さんの物語は私個人が大好きな事だけはお伝えしたいです。これからも頑張ってください。楽しみにしています。

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こ茶子さん。私も自称こ茶子さんの大大大ファンです。以前にも何度かコメントさせて頂きましたが、私は花より男子を見ててどうしても納得いかない部分をこ茶子様は鋭く切り込んでくださって、それによって私は一層のこと、花より男子のファンになったのです。もう新作はお書きにならないとこのですが、私は一生こ茶子様のファンです。何度でも何度でもこ茶子様の作品は見ます。これからも見ます。このお部屋は私の宝物です。

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