FC2ブログ

「昏い夜を抜けて…全483話完」
第九章 暁闇②

昏い夜を抜けて476

 ←昏い夜を抜けて475 →昏い夜を抜けて477
◇更新情報他雑文 『こ茶子の日常的呟き』へ
【君を愛するために】オススメ作品!?
ランキングもよろ(・ω-人)
ブログランキング・にほんブログ村へ
いつも応援ありがとう♪
**************************************

 「私ももはや、花沢物産の社長ではないのだ」
 恐ろしい程の衝撃に、志保子が体を揺らす。
 とっさに支えようと差し出された手を振り払ったのは、衝動だった。
 「…そん、な、そんな」
 口をついて出るのは同じ言葉ばかり。
 床に座り込んだ志保子を見下ろし、拒絶された手をグッと握り締め、馨が大きくため息をつく。
 彼の中だとてまだ消化しきれぬ思い。
 だが、今は目の前の彼故に傷つけ続けてきた女を優先すべきで、まだ自分の中の悲嘆に暮れている場合ではないのは明らかだった。
 「次の社長は彰だ。たとえ類の汚名が濯がれたとしても、もはや類を花沢が受け入れることはないだろう」
 そもそもその汚名が濡れ衣だとしての話ではあったが、その息子自体が認めて、そして自ら暴露した事実だ。
 たとえ会社や世間が両手をあげて受け入れたとしても、本人が望まないだろうし、それを無理強いすれば、更なる災厄を平気で引き入れかねない男である。
 …それに気がついていながら、あいつを侮った私の不明であるのだから、ある意味、たしかに自分自身の失態だったというわけだ。
 自嘲と共に思う。
 「…もう、すべては終わったのだ」
 「……………」
 「……………」
 「…………の」
 うちしがれ、ヘタリ込んでいた志保子がボソリと呟く。
 その声は、まるで100年の時を生きた老婆のように嗄れ、怨嗟に満ちていた。
 「では、なぜ、七生が死ななければならなかったのです?」
 「……………」 
 「どうして、あなたは私を娶ったの?」
 それは、志保子が望んだことであったけれど、それでも馨にも選択の余地があったはずなのだ。
 愛する女をとるのか、花沢物産という生まれながらの宿命を選ぶのか。
 そして…どんな理由があったにせよ、馨が選んだのは花沢物産の繁栄と未来―――志保子だったはずなのに。
 「類がこの家を継がないというのなら、いったいなんのために私はこの家に嫁いできたのです?高階の娘が…私の産んだ子がこの家を継がないというのなら、私と類の存在は何のためにあったというのでしょう。…あなたと七生を引き裂いて、七生を死なせて…私たちの存在は過ちでしかなかったの?」
 最初の子を流産で失って、…どれだけ泣いただろう。
 どれだけ苦しんだだろう。
 …天罰かも知れない。
 そんなことも思った。
 愛してくれぬ男が唯一赦してくれた存在価値だったのに。
 最愛の友を裏切ってまで得たすべて。
 類を産んでその手に抱いた時…愛しいよりも、涙が溢れて止まらなかった。
 我が子が愛しいと思えば思うほどに、罪悪感に苛まれ、悲嘆にくれた。
 自分の子供を抱くことなく死ななければならなかった七生を想って。
 たとえ彼女が死んだのが、世間のいうように自殺ではなかったにしても、半ば正気を失い衰弱の末に産褥で亡くなったのは、たしかに志保子の罪ゆえだったに違いなかったのだ。
 志保子の歪んだ欲望が、彰から母を奪い、馨から愛する女を奪った。
 志保子の過った執着が、花沢家の醜聞を呼び、多くの苦悩を生んだ。
 類を愛することは罪だ。
 我が子を腕に抱き、愛しいと感じるたびに、幸せになることなど許されることではないのだ、と自分を戒めた。
 そしていつの間にか、心の凝おりは憎しみへと変わった。
 理不尽だとわかっていても、誰かを、何かを憎まないでは生きてはいけなかったのだ。
 七生の残したただ一人の息子を憎んで、その彼を生み出した七生を憎んだ。
 そして夫を憎み、誰よりも自分が憎かった。
 かつて、彼女の母は言っていた。
 『人には人の生まれながらの分があるものよ。過ぎた夢を見ればそれはいずれ悪夢に変わる』
 良家の子女として生まれた志保子が、恋などに溺れるべきではなかったというのに、愚かにもその母の言いつけを破ってしまった。
 もしかしたら、彼女の母が彼女を愛さなかったのも、そんな轍を踏まないための戒めだったのかもしれない。
 過ちは正されなければならない。
 志保子も、馨も、また七生も、間違った道を選んだがゆえに、すべて壊してしまったのだから。
 「大丈夫か…」
 拒絶されるだろうことを半ば予測しながらも、馨が再び手を差し伸べる。
 その馨を通り過ぎ、志保子の視線がその背後、窓の外へと流れた。
 予感が…あったのかもしれない。
 あるべきところへと、すべてが還ってゆく予感。
 「あれは…っ」
 志保子の視線の行方を見ずして馨が悟る。 
 「……終わったのだ」
 …終わった。
 …すべては、悪夢のまま。
 それならば…。
 「そう、終わったのですね。では…では、私と離婚してください」
 「……っ」
 顔を上げた志保子の顔はすべての感情を失い、けれど不思議に透明だった。
 どんな欲望も、渇望も、憎悪さえも洗い流して。
 涙に濡れたその顔は、けれどこの数十年間でもっとも穏やかなものだったかもしれない。
 「もう、私の存在はあなたにも必要ないでしょう。…花沢物産の私の持ち株に関しては、あなたにお任せします。売却するなり、誰ぞに譲り渡すなり…彰にお渡しになるなり、お好きになさって」
 …静かだ。
 なぜか、志保子はそう思った。
 ずっと耳の奥で耳障りな潮騒の音が響いていた気がするのに、それさえも、もう夢幻―――。




*****




 誰かの視線を感じた気がして、つくしが顔を上げた。
 遠く、窓辺に見えた影は志保子だろうか。
 向かい側には、一度だけ会ったことのある社長の姿が見えた気がした。
 「大丈夫だとは思いますが、念の為、お早く車にお乗りになってください」
 まり子に促され車へと向かう。
 まり子にリードを引かれたベベが、一緒に乗りたがって小さく唸り声を上げる。
 「…あの、ベベは」
 「はい。もう少し私がお預かりして、花沢の小父様が本宅にお連れになるそうです」
 「…そうですか」
 まり子が類から頼まれたのは二つのことだった。
 一つは、馨を志保子のもとへ案内すること。
 もう一つは、美作家に預けてある飼い犬を、つくしに会わせてやってくれということだった。
 『…散歩をお願いしていいですか?』
 そんなお願いだった。 
 そこにはどんな思案が含まれていたのか、まり子には伺い知ることができない。
 けれど、間違いなくまり子がここへと派遣されたのは、ひとつには本当に馨を案内する目的があったのかもしれないが、本当のところは志保子の為だったのではないかと思う。
 どんな話をしているのか。
 長く疎遠だった夫婦の会話などまり子には想像もつかない。
 けれど、ずっと志保子がこの時を待っていた気がした。
 互いに被った無関心という仮面を剥ぎ落とし、見て見ぬふりをしていた真実を曝け出す。
 どんな結末が待っていようとも、逃げ続けるよりはずっといい。
 たぶん、おそらく。
 なぜかそんなふうなことが思いついた。
 「あ、そうでした」
 「はい?」
 ベベの頭を撫で、車に乗り込もうとしたつくしを、まり子が呼び止める。 
 「小父様から伝言があったのでした」
 「…あたしにですか?」
 「はい。牧野さんと類さん、お二人に」




*****




 まり子と花沢家の使用人たちに頭を下げ、車に乗り込むと、運転席に座っていた堀田が声をかけてきた。
 「どちらにまいられますか?」
 意外な問いかけ。
 目を瞬き、つくしは問い返した。
 「……どこへでもいいんですか?」
 間違いなく堀田を寄越したのは類には違いなかったのに、そのまま類のもとへと向かうのではなく、あえてつくしに問いかけてくるその意味合い。
 「はい、ご希望を伺ってその通りの場所へお送りするように命じられております。牧野様の東北のご実家でも、道明寺家の世田谷のお屋敷でもお好きなところへと」
 「………」
 目を見開き、瞠目する。
 すべてはあるべきところへ。
 いまこそ、つくしの行くべきところへ、生きてゆきたいと願う場所へと。
 「…じゃあ」





◇更新情報他雑文 『こ茶子の日常的呟き』へ





↓ランキングの協力もよろしくです♪
ブログランキング・にほんブログ村へ 💛 
いつも応援ありがとうございます^^!

web拍手 by FC2






関連記事


総もくじ 3kaku_s_L.png イベント
総もくじ 3kaku_s_L.png だから今日も I'm so happy…百回分の花をあなたに
総もくじ 3kaku_s_L.png ******【司×つくし】******
総もくじ 3kaku_s_L.png 愛してる、そばにいて
総もくじ 3kaku_s_L.png 百万回の微笑みを愛の言葉にかえて
総もくじ 3kaku_s_L.png 陽のあたる処でシリーズ(短編集)
総もくじ 3kaku_s_L.png Fly me to the havenシリーズ…36話完
総もくじ 3kaku_s_L.png アネモネ…全171話完+α
総もくじ 3kaku_s_L.png ******【類×つくし】******
総もくじ 3kaku_s_L.png 中・短編+
総もくじ 3kaku_s_L.png パッション…①24話②22話完
総もくじ 3kaku_s_L.png 陽だまりの詩シリーズ(短編集)
総もくじ 3kaku_s_L.png ****【総二郎×つくし】****
総もくじ 3kaku_s_L.png 中・短編-
総もくじ 3kaku_s_L.png ****【あきら×つくし】****
総もくじ 3kaku_s_L.png 中・短編^
総もくじ 3kaku_s_L.png ***【その他CP】***
総もくじ 3kaku_s_L.png 中・短編'
もくじ  3kaku_s_L.png 倉庫
総もくじ  3kaku_s_L.png イベント
総もくじ  3kaku_s_L.png だから今日も I'm so happy…百回分の花をあなたに
総もくじ  3kaku_s_L.png ******【司×つくし】******
総もくじ  3kaku_s_L.png 愛してる、そばにいて
総もくじ  3kaku_s_L.png 百万回の微笑みを愛の言葉にかえて
総もくじ  3kaku_s_L.png 陽のあたる処でシリーズ(短編集)
総もくじ  3kaku_s_L.png Fly me to the havenシリーズ…36話完
総もくじ  3kaku_s_L.png アネモネ…全171話完+α
総もくじ  3kaku_s_L.png ******【類×つくし】******
もくじ  3kaku_s_L.png 拍手小話+
総もくじ  3kaku_s_L.png 中・短編+
総もくじ  3kaku_s_L.png パッション…①24話②22話完
総もくじ  3kaku_s_L.png 陽だまりの詩シリーズ(短編集)
総もくじ  3kaku_s_L.png ****【総二郎×つくし】****
総もくじ  3kaku_s_L.png 中・短編-
総もくじ  3kaku_s_L.png ****【あきら×つくし】****
もくじ  3kaku_s_L.png 拍手小話^
総もくじ  3kaku_s_L.png 中・短編^
総もくじ  3kaku_s_L.png ***【その他CP】***
総もくじ  3kaku_s_L.png 中・短編'
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png ストック
もくじ  3kaku_s_L.png R短編集
もくじ  3kaku_s_L.png アネモネ R
もくじ  3kaku_s_L.png 恋愛の品格 R
もくじ  3kaku_s_L.png 愛妻生活 R
  • 【昏い夜を抜けて475】へ
  • 【昏い夜を抜けて477】へ

~ Comment ~

ボラボー

最高なフィナーレになるでは無いでしょうか。期待してます。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【昏い夜を抜けて475】へ
  • 【昏い夜を抜けて477】へ
にほんブログ村 小説ブログへ💛
スポンサーリンク