「昏い夜を抜けて…全483話完」
第九章 暁闇②

昏い夜を抜けて472

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 「え?あの人が…」
 使用人の告げた来訪者の名前に、志保子が眉根を寄せる。
 いつも―――10日ほどの彼女の日課、ちょうど類の執着した女との奇妙なランチを終えたタイミングでのことだったか。
 つくしと過ごす時間は、志保子に不思議な感慨を与えた。
 類を誑かした女。
 司の手先。
 そんな認識でしかなかった彼女を、『一個の人間』として、あらためて認識する機会となってしまったのかもしれない。
 …あの子と身近に接するのは、間違いだったかも。
 権高くはあっても、志保子とて氷でできているわけではないのだ。
 共に食事をし、共に会話を交わせば、どうしても情が湧き、その人格を無視することなどできようはずもない。
 たとえ凍りついた心や固まってしまった表情が、他人にそう見せているにしても、志保子は今だ感情を超越することなどできたことがなかった。
 つまらないことを苦に病み、悲しみ…恨み、何度、心など死んでしまえばいい、感情などなくなってしまえばいいのに、と思ったことか。
 何も感じることさえなければ、もう二度と過ちなど犯さないのに…と、苦しみ悶えたこの二十数年間。
 愛すれば愛するほど、乞うれば乞うるほどに、運命は歪み…彼女の意のままにはならなかった。
 ただ、愛されたかった。
 ただ、幸せになりたかった。
 ただ、それだけだったのに。
 「書斎の方でお待ちになるそうです」
 「……そう」
 久しぶりの再会。
 こんな時でさえ、志保子の私室を直接訪ねるのではなく、夫のテリトリーである書斎に呼び出されるという夫婦の距離を思う。
 …いまさらじゃない。
 とっくに諦めているものを。
 けれど、なぜか妙にあの若い日を彷彿とさせるように、凝おっていた感情が揺さぶられている。
 …もしかして、あの無作法な娘と言葉を交わすようになったから?
 いままで、志保子の周りにはいなかったタイプの人間。
 飾らず、おもねることなく、実直な娘。
 頭が悪いわけでもなさそうなのに、愚かで―――それなのに、なぜか志保子に不快感を感じさせなかった。
 …何かに似ている。
 彼女に会うたびに思う。
 思い出せないピース。
 「わかったわ、今、参りますと伝えて。…主人の書斎とは離れているから大丈夫だとは思うけれど、牧野さんのことを悟られないように、いつも以上に、よくよく気をつけて頂戴」
 「はい、かしこまりました」




*****




 簡単な身支度を整え、久しぶりに訪れた夫の書斎。
 本宅同様、この部屋は志保子の私室とは対局の位置に存在し、夫の呼び出しでもない時には彼女が訪れることは滅多になかった。
 もちろん、新婚の頃は違った。
 夫が彼女を遠ざけたのではなく…、志保子が自ら退いたのだ。
 類が生まれたあの日から。
 もはや自分の役割を終え、夫の中に自分への憎悪と嫌悪を見ることを恐れて…
 いつもこのドアを叩く前には、ひと呼吸を置く必要がある。
 習い性となって身についているはずの無表情をさらに引き締め、完全無欠なものにする為に必要な時間。
 コンコンコン―――。
 『……誰だ?』
 「わたくしです」
 気がつかれないように、大きく息を吐き出し、肩を喘がせて唇をそっと舐める。
 『ああ。入ってくれ』
 ガチャリとドアを開けた部屋の奥、見慣れた光景。
 窓際に立つ夫の姿に、何度こうして胸を高鳴らせたことか。
 柔らかい上品な美貌と真摯な眼差しを持つ男性。
 どうしてこの人でなければならなかったのか。
 どうせ叶わぬ想いならば、この胸の中に閉じ込め一人孤独を選べていたならば、多くの人たちの不幸を呼ばず、自分の中の哀しみだけですべてを丸くおさめることができたのに、と何度となく悔いた日々。
 「………久ぶりだな」
 「ええ」
 けれど、口からついて出たのは、いつものように無味乾燥な冷たい声音。
 さぞ、面白味も温かみもない女だと思われてることだろうと、いつものように鼻で笑おうとしたのに、なぜか無性にそれが胸に堪える。
 が―――。
 わんわんわんわん、わんわんわんわん。
 窓の外から聞こえた犬の声に、志保子が眉根を寄せた。
 「…犬?」
 別荘であるこの邸にも、警備のために何頭かの警備犬を飼育していたが、めったなことでは鳴いたりすることはなかったし、威嚇のための唸り声とはだいぶ違う。
 「人から預かってね。―――躾は終えてるようだが、うちで飼っている犬たちとは勝手が違って、中々チャンチャでけっこう戸惑うよ」
 不思議に穏やかな馨の物言いに、そのつもりもなかったというのに、まるで呼び寄せられたかのように窓際へと歩み寄る。
 志保子の歩みに合わせて、窓を背にしていた馨もまた、窓際へと移動した。
 「雑種だな」
 「……そうですわね」
 人懐っこそうで、少し困ったような間抜けな顔立ちが誰かに重なる。
 「ぷっ―――」
 気がついたら噴き出してしまっていた。
 何年間かぶり…いや、もしかしたら何十年間ぶりだろうか。
 馨が見た妻の…本心からの笑顔に、目を大きく見開き驚きに言葉を途切らせた。
 初めて出会った頃から、志保子はすでに冷然としていて、美しいがまるで人形のように無機質な少女だった。
 けれど、それでも、馨に馴染むにつれ、柔らかく微笑むようになっていたのだ。
 彼が決定的に彼女を傷つけてしまったあの時までは―――。
 「……志保子」
 「はい」
 すでに笑いを収めていた志保子が、声音を改めた夫へと向かい合う。
 「もうすべては終わった。……私たちが作り出した数十年間に及ぶ膿を出し、歪みを正す時が来たようだ」




*****




 志保子との会話の弾まぬランチを終え、ここ10日ほどの自室へと戻ると、とたんに、つくしにやるべきことがなくなった。
 時間に追われてアクセクしている時には、暇が欲しいと思わなくもなかったけれど、いざこうして強制的にそんな環境下に置かれると、これがいかにも退屈でつまらなく、そして辛い。
 「……ハァ、テレビっていったって、一日中見ていたいものじゃないし」
 あるいは、類ならばけっこう喜々として見ていそうな気もするが、つくしには一人で延々と見ていられるほど興味ある番組はなかった。
 かといって…。
 「勉強かぁ…うーん」
 たしかに時間だけはたっぷりとあるのだが…。
 「ハァ、人間って基本怠け者だよね」 
 時間があればあるで、かえってやる気がでない。
 ましてや、いつこの状態から脱することがわからない環境下では、出るやる気も出るわけがない。
 そんな感じで、今日もひとり寂しく自問自答。
 ただでさえ、独り言を口に出す癖に悩まされているというのに。
 コンコン。
 控えめなノックの音に、ハッと顔を上げる。

 今なら、どんな要件でも、訪問者が誰であろうと歓迎できる自信がある。
 コンコン。
 「は、はい。ど、どうぞ」
 つくしの応答に答えて、ドアが開いた。
 「え?」
 そこに立っていたのは、つくしにしても意外な人物だった。





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