FC2ブログ

「昏い夜を抜けて…全483話完」
第九章 暁闇②

昏い夜を抜けて470

 ←昏い夜を抜けて469 →昏い夜を抜けて471
◇更新情報他雑文 『こ茶子の日常的呟き』へ
【君を愛するために】オススメ作品!?
ランキングもよろ(・ω-人)
ブログランキング・にほんブログ村へ
いつも応援ありがとう♪
**************************************

 引き出しの中から薬瓶を取り出し、錠剤を口に含む馨の顔は苦渋に満ちていた。
 今の彼を見れば、ほとんどの者たちが、つい数ヶ月前の自信に満ちた彼と引き比べて驚愕しただろう。
 苦悩と焦燥に追い詰められた彼は、まるで10才も年老いてしまったかのようだ。
 彼が持病薬を飲み終わるのを待っていたかのように、机の上の携帯電話が鳴り出した。
 その着信者の名前を見る間もなく、馨は激情のままに受信をタップし、吠えた。
 「貴様ッ!!」
 『……お久しぶりです』
 「よくもいけしゃあしゃあと、電話してこれたものだなッ!!」
 怒りに震えるその声音は、声だけで相手を殺せるならば…というほどの怒気を孕んでいた。
 けれど、電話の向こうの相手は、彼の怒りにさえも一顧だにせず、どこまでもマイペースで飄々としたものだ。
 『すみません。寝不足で少し頭痛がするので、声を落としていただけませんか?』
 「………っ」
 さすがの馨も二の句が継げない。
 『あなたのお怒りも当然のことでしょうね。けれど、俺の話を冷静にお聞きになった方がいい。そうでなければ、きっと後悔される』
 「ふっ、よくも言う。後悔?そんなものとっくにしているわ。…まさか、お前がここまでするとはな」
 乾いた笑いには、すでに虚無が漂い、かつてあった覇気が失われていた。
 一人の敗北者。
 すでに、かつて一つの大企業に君臨した王者の風格は失われ、追われる者の悲哀がある。
 『それでも、あなたは俺の話を聞かないわけには行かない。そうでなければ、あなた一人の進退ではすまない事態になるでしょうから。…お父さん』




*****




 あのフライング・ミート(空飛ぶ肉)事件は、つくしと志保子との間に比較的友好的な関係を築くキッカケとなった。
 相変わらず和気藹々とは言えないまでも、それでもここのところのランチタイムは、一応は会話が成り立っている。
 たいがい、つくしが話しかけると、ポツポツと志保子も応答し、今度は志保子が質問を返すという感じ。
 どうやら志保子の中で、つくしは類の恋人というよりも、司の手の者で、大真面目に彼が類を陥れるために寄越した女かなにかだと思っているらしい。
 それならそれで敵意を持たれそうなものなのだが、志保子にとってのつくしは、おそらく敵愾心を抱くまでの対象ではなく、いわゆるその価値もない格下の相手というところなのだろう。
 それはそれで、つくし的にも思うところがないわけではなかったけれど、無用な敵意を持たれるよりはよほどマシだし、気楽ではある。
 …誤解させたままでいいんだろうか。
 そうも思わなくはない。
 けれど、下手に正直に言って、志保子を刺激することは危険な気もした。
 馴染んで?みれば意外なことに、彼女は話し相手としても人間的にもそれほど嫌な相手ではなかった。
 たしかに堅苦しく四角四面なところはあったし、愛想がないというより笑顔の仮面を付けた鉄面皮に近い。
 しかし、たぶん高慢というよりは、生真面目なのだろう。
 使用人に対する物言いはキツくでも、理不尽なことを言ったりしたりしているのを見たことがなかった。
 とはいえ、つくしが志保子に会う機会は、日々のランチの席でのことだけだったので、志保子という一人の女性の人となりを深く知るには短すぎる接触と言えただろうけれど。
 どうやら志保子はつくしから、彼女の知らない我が子の姿を聞きたかったようだ。
 そこには、見えづらいが母の愛情が伺い知れる。
 上手く愛情や感情を表すことのできない、一人の母親の。
 「…というわけで、出くわすところといえば、高等部の非常階段がほとんどで、あまりそれ以外のところで見かけたことはなかったです」
 「そうね、昔からあの子は奇妙なところを好んで、ひっそり一人で潜んでいるようなところがあったらしいわね」
 言葉尻の端はしに、この母子の希薄でしかない関わりが伺い知れたが、つくしはあえてそこをつくことは避けていた。
 それでも、うっかりと…。
 「滞在されている国へお連れになって、一緒に暮らそうとお思いになったことはなかったんですか…」
 「ええ、あの子は花沢の跡継ぎですから。本宅から気儘に連れ出したり、勝手なことをさせるなど許されないことです。…そろそろ、私は部屋に戻ります」
 調子に乗って逆鱗に触れるようなことを尋ねて、機嫌を損ねてしまうこともあった。
 けれど、この志保子とのランチは、これまで知ることができなかった類の一面をつくしが知る機会ともなった。
 …お母さんなんだもんね。
 美貌のそこかしこに、類との濃い血縁関係が重なって、ドキリとさせられることも少なくはなかった。
 食堂を立ち去りかけた志保子が、ふいに立ち止まる。
 振り返らないままに、ポツリと呟いた。
 それはあまりに小さな囁きで、もしかしたら本当は独り言で、つくしが気がつかなくても良いと思っていのかもしれない。
 「…あなた、友達を裏切ったことがあって?」
 唐突な問いかけ。
 「本当に欲しい何かのために、本当は自分のものではないと知りながら、友達を踏みつけて我を通したことなんてある?」
 その問に思い浮かぶのはあの雨の日―――司を置き捨ててきてしまった遠い過去の日のこと。
 「……………」 
 「…いいわ、答えなくても」 
 沈黙してしまったつくしに、あっさりと問を翻し、志保子が立ち去りかける。
 「ありません。友達を踏みつけにしてまで、我を通したいと思えなかったからです」
 あまりに優等生的な答え。
 つくしも思ったように、志保子もそう思ったのだろう。
 ふっと、鼻で笑う。
 「そう、あなたって偽善者なのね」
 言い切られた。
 だがしかし―――。
 「でも結果的に、そのせいで大切な人を裏切りました」
 「……大切な人を?」
 「大切な人を傷つけて、哀しませて…あたしもずっと長い間、後悔することになってしまった」
 「…………………」
 「その友達にも言われました。その選択は間違っていた。結局、守ったつもりでいた友達のことも苦しめてしまっていたと」
 何を思ったのだろう。
 沈黙した志保子の顔は不思議に静かで…そして苦しそうだった。
 けれど、口に出した声音はいつものように怜悧なもので、なんの苦痛も哀しみもそこにはなく、単なる思いつきを口にしただけのように振舞っていた。
 もちろん、そんなはずもなかったけれど。
 「そう。じゃあ、そのお友達も偽善者なのね。…人はね、結局自分の為にしか生きられないの。そんなに強くなんてないわ。間違ってばかりで、愚かで醜くて、汚い生き物なのよ」
 「………それなのに、あなたは苦しんでらっしゃるんですね」
 愚かで醜くて、汚い生き物を愛して傷ついて…。
 それは単なる思い込みだったかもしれない。
 けれど、志保子の横顔は苦しくて苦しくて、苦しくてしかたがないと言っているようだった。
 まるで、過去の自分がそこにいるようで、言わずにはいられない。
 「あたしはあなたのことをよく知りません」
 冷たい人だ。
 冷酷な人なのだと思ったこともある。
 けれど、その目に宿った昏く虚ろな哀しみが、苦痛が、彼女もまた思うように生きられない一人の弱い人間でしかないないのだとつくしに知らしめた。
 「でも、あたしは類さんを知っています」
 「……類?」
 「ええ」
 あの凍えた目の蹲った昏い目の少年が、どんなに優しく微笑むか、わかりづらいが彼もまた一人の愛を求め温もりを欲している一人の人間にすぎないのだと知っていた。
 …笑ってよ、牧野。
 類の声が耳に蘇る。
 だから、その母親がただ冷たいだけの人間であるはずがない。
 たしかにつくしや誰かにとっては、酷い人間であるのかもしれなかった。
 けれど、志保子を愛する、あるいは彼女が愛する者たちにとって、彼女もまた一人の愛に溢れた大切な人であることは間違いないのだ。
 「だからきっとあなたも、類さんと同じように不器用な人なんだろうと思います。でも不器用であることは罪ではありません。そしてなんらかの事情から間違ってしまうことがあっても、それは人間として当たり前のことで、誰からも責められるべきものでもないし、けっして赦されることがないものなんて、この世の中には何一つないのではないでしょうか?」
 「……言っている意味がわからないわ」
 「とてもあたしに良くしてくれた恩人である人が言ってました。―――人は、自分のことは自分で責任をもつものなんだそうです。それと同じでどんな人間も他人のことを、本当の意味ではどうかしてあげることはできない。できると思っているなら、それは傲慢なのだと」
 「………」
 「………」
 「ふっ、ご立派な人ね」
 一拍置いて噴き出したその顔は、少しも感銘を受けたふうでも、…面白そうでもなかった。
 けれど、昏い目がさらに昏さを増し、自嘲する。
 「…でも本当ね。自分の罪は自分が背負うべきもの。たとえ重すぎて自分ではもうどうにもできなくなってしまったにせよ…それがわからなかった愚か者は、背負う罪の重さに耐え切れずに、さらに罪を重ねてしまう。まるで雪だるまのようにね」





◇更新情報他雑文 『こ茶子の日常的呟き』へ





↓ランキングの協力もよろしくです♪
ブログランキング・にほんブログ村へ 💛 
いつも応援ありがとうございます^^!

web拍手 by FC2






関連記事


総もくじ 3kaku_s_L.png イベント
総もくじ 3kaku_s_L.png だから今日も I'm so happy…百回分の花をあなたに
総もくじ 3kaku_s_L.png ******【司×つくし】******
総もくじ 3kaku_s_L.png 愛してる、そばにいて
総もくじ 3kaku_s_L.png 百万回の微笑みを愛の言葉にかえて
総もくじ 3kaku_s_L.png 陽のあたる処でシリーズ(短編集)
総もくじ 3kaku_s_L.png Fly me to the havenシリーズ…36話完
総もくじ 3kaku_s_L.png アネモネ…全171話完+α
総もくじ 3kaku_s_L.png ******【類×つくし】******
総もくじ 3kaku_s_L.png 中・短編+
総もくじ 3kaku_s_L.png パッション…①24話②22話完
総もくじ 3kaku_s_L.png 陽だまりの詩シリーズ(短編集)
総もくじ 3kaku_s_L.png ****【総二郎×つくし】****
総もくじ 3kaku_s_L.png 中・短編-
総もくじ 3kaku_s_L.png ****【あきら×つくし】****
総もくじ 3kaku_s_L.png 中・短編^
総もくじ 3kaku_s_L.png ***【その他CP】***
総もくじ 3kaku_s_L.png 中・短編'
もくじ  3kaku_s_L.png 倉庫
総もくじ  3kaku_s_L.png イベント
総もくじ  3kaku_s_L.png だから今日も I'm so happy…百回分の花をあなたに
総もくじ  3kaku_s_L.png ******【司×つくし】******
総もくじ  3kaku_s_L.png 愛してる、そばにいて
総もくじ  3kaku_s_L.png 百万回の微笑みを愛の言葉にかえて
総もくじ  3kaku_s_L.png 陽のあたる処でシリーズ(短編集)
総もくじ  3kaku_s_L.png Fly me to the havenシリーズ…36話完
総もくじ  3kaku_s_L.png アネモネ…全171話完+α
総もくじ  3kaku_s_L.png ******【類×つくし】******
もくじ  3kaku_s_L.png 拍手小話+
総もくじ  3kaku_s_L.png 中・短編+
総もくじ  3kaku_s_L.png パッション…①24話②22話完
総もくじ  3kaku_s_L.png 陽だまりの詩シリーズ(短編集)
総もくじ  3kaku_s_L.png ****【総二郎×つくし】****
総もくじ  3kaku_s_L.png 中・短編-
総もくじ  3kaku_s_L.png ****【あきら×つくし】****
もくじ  3kaku_s_L.png 拍手小話^
総もくじ  3kaku_s_L.png 中・短編^
総もくじ  3kaku_s_L.png ***【その他CP】***
総もくじ  3kaku_s_L.png 中・短編'
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
もくじ  3kaku_s_L.png ストック
もくじ  3kaku_s_L.png R短編集
もくじ  3kaku_s_L.png アネモネ R
もくじ  3kaku_s_L.png 恋愛の品格 R
もくじ  3kaku_s_L.png 愛妻生活 R
  • 【昏い夜を抜けて469】へ
  • 【昏い夜を抜けて471】へ

~ Comment ~

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【昏い夜を抜けて469】へ
  • 【昏い夜を抜けて471】へ
にほんブログ村 小説ブログへ💛
スポンサーリンク