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「昏い夜を抜けて…全483話完」
第八章 開花②

昏い夜を抜けて402

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 「…で、いったいお前、どこへ向かってるわけ?」
 「本宅だな」
 「え~、俺、ここのところ家には帰らないようにしてるんだけど?」
 そうこう言っているうちに、類も生まれた頃から長年慣れ親しんだ長大な塀へと差し掛かった。
 溜息をつき…。
 「どうりであっさり迎えに来てくれたと思ったら、そういうことなわけ。まったくお前も、あっちもこっちも伝令役で、ご苦労なことだよね」
 「ああ、そう思うのなら、せいぜい同情してくれ。本当は明日あたり、社長室に呼び出すつもりだったみたいだが…そもそも社長とお前は親子なんだ。社長が帰国してから、お前もロクに話をしていないだろう?」
 「…話?」 
 元々が親子とは名ばかりでほとんど接触のなかった親子だ。
 いや、司の場合とは違って、類が幼い頃はそうでなかった。
 ただし、それがまた余計に親子の溝を深める原因にもなっていた。
 馨は厳しい父親だったのだ。
 それも尋常ではなく、類を花沢物産の後継者として厳格に薫陶しようとしすぎた。
 幼い子供にはあまりにも過酷で、いつしか彼の心のバランスを崩してしまったほどに。
 「いまさらあの人が、俺になんの話があるっていうんだか」
 苦笑する類の真意は、高階といえど計り知れなかった。
 「…お前、牧野さんと結婚するつもりか?」
 「珍しいね、俺のプライベードなことはお前には関係ないことだろ?」
 別に聞かれて困ることではなかったけれど、これも駆け引きの一つなのだろうと、類がのらりくらりと問い返す。
 「お前の母親が容易に彼女のような身の上の人を受け入れるはずがない…まさか、本気で彼女の為に花沢を捨てるつもりなんじゃないだろうな?」
 「なぜ?」
 「なぜ?当たり前だろう。お前は生まれながらの花沢の跡取りなんだぞ?」
 類はどうしたって高階が‘花沢’を手に入れるための障害だが、それでも信じられない。
 彼が望み続け、自らの存在の証として求めてきた地位を、努力なく占め、今度はそれをあっさりまるで価値のないものだと手放そうとしている。
 …馬鹿な、俺がお前の立場だったら。
 真正面から立ち塞がられることよりも、なおいっそう彼が許しがたい気がした。
 憎い女の息子だとはいえ、類自身には罪がなく、また彼の心の虚ろさに同情し、哀れみさえ感じていたと言うのに、いま目の前にいるこの男がまるで別種の生き物に変化し、地上の卑小な事情に這いずり回る高階を見下して嘲笑っているかのような錯覚にさえ苛まれる
 「お前にとっては願ってもないことなんじゃないの?でも、まあ、そうだね…、そろそろ潮時かもしれないかな」
 「……」
 車が門前に到着する。
 「…俺は、東南アジアにはいかないよ」
 「類っ!?」
 類の爆弾発言に高階の目が見開かれ、声を荒らげた。
 「……あれ?」





 「ごめんなさいっ!!」
 ガバッとシートに土下座するように、身を伏せる滋をつくしは困惑して見下ろす。
 高松で別れたはずの最近出来た女友達と、よもやこんなところで再会するとは夢にも思わず驚いた。
 だが、考えてみれば彼女は、この反対隣に座る男の元婚約者で。
 初対面の時には完全無視していたようだったが、それでも一応最低限の受け答えはするようになっているのは、大した進歩だった。
 「…お前は、あっち行ったら遠慮しろよ」
 「ええ?!あたしが口を滑らせなかったら、司は絶対につくしを捕まえられなかったよッ!?」
 「………」
 憮然と口をつぐんだ方を見れば、滋の言葉に一理を認めているようで。
 「……て、ことは」
 「てへ。ごめんごめん、わざとじゃないんだけど、つくしに高松においていかれちゃって、どうしようかと途方にくれてたらさ…」
 滋の話を総括すると、どうやらこういうことらしかった。
 つくしの行方を探していた司が、前日、滋とつくしが一緒にいた事実を突き止め、SPたちとともに急襲した。
 司が九州に出張していたことは知っていたし、ホンのわずかな間だったが、とんぼ返りで高知と九州とを往復して用向きを果たす日程があったこともさる筋から伝え聞いてたが、まさか高松の滋の元に現れるとはこれっぽちも予測できず…。
 『え?な、なんで、司がここにいるの?あれ?もしかして、つくしと会いたくてきたんだぁ。残念~。つくしはいま、類君とデートで鳴門にいるから、こんなところに訪ねてきても無駄足だったよ~ん。どうせだから、滋ちゃんとデートしてゆく?』
 とかなんとか。
 よけいなことをペロッと話し、現在にいたる。
 「……滋さん」
 「いやあ、…まさか、こんなことになるなんてさ。ラブラブの彼氏とデート中って言ったら、普通諦めるでしょ?」
 滋の一言一言で、司の機嫌の悪さが格段に酷くなる。
 ピシッと音を立ててこめかみに浮かび上がる青筋がけっこう怖い。
 「でもさ!司ったら、現金なものでさ」
 「…はあ」
 「最初は、あたしも同伴させるのは断固拒否だったんだけどね」
 「……」
 ソロソロと横目で伺う司の顔が癇症にヒクついている。
 「どういう手段をとるつもりかはあたしも、ここ来るまで知らなかったんだけど、デートを邪魔されて怒らない人はいないでしょ?だけど、親しい女友達を一緒に同伴すれば、宥められるし、怒りも少しは収められるんじゃない?って言ったら、おとなしくなっちゃって!きゃははははは。司ったら、つくしのことが本当に好きなんだねぇ~」
 「………」
 なんともはや、いまさらのことかもしれない。
 それにしても、つい昨日、司への切ない告白を聞いた相手から、その当の男の気持ちを言われるのもなんとも身の置き所がなかった。
 しかも、そのさまが屈託がなさすぎて、どこまで滋の司への気持ちが本物なのか測り難い。
 「……いいかげん黙れよ、サル」 
 「だ・か・ら!あたしはサルじゃないって言ってるでしょ?滋ちゃんっていう、それは可愛らしい名前があるんだから」
 ツンと横に反らされた顔が、少しも高慢ではなく、やはりおしゃまな少女のようで可愛らしい。
 司も以前ほどには拒絶的ではないらしく、気を許しているというほどではなかったにしろある程度は許容して見える。
 …少しづつ滋さんという人を知って、馴れてきたってことなのかな。
 「と、いうことで、今夜は3人デートだ!司ったら、つくしとあたし、二人もの美女を両方に侍らせて両手に花ってやつ?」





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